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人生・農業リセット再出発

明治日本人の、ある習慣が世界の犯罪史を大きく変えた!

幕末にペリーが黒船で開国を迫ったその10年前の1843年、スコットランドでヘンリー・フォールズが生まれた。父は運送業の敬虔なクリスチャンで、兄弟たちは聖書読解の日々だった。
父の会社が倒産して一家はどん底に陥り、14歳のヘンリーは給仕になって夜学に通い、苦学して名門グラスゴー大学に入学、医師になる。当時ダーウィンの『種の起源』進化論が大論争を呼び、人間は神が作ったとするキリスト教と、類人猿から進化したとする科学者が対立していた。幼い頃から聖書を叩き込まれたフォールズは科学者として板挟みになる。31歳のフォールズは、科学を認めない教会に反発しながらもスコットランド教会の医療伝道師として1874年に日本に来る。外国人居留地の築地に健康社築地病院、のちの聖路加国際病院を開業する。
その頃、アメリカ人動物学者のエドワード・モースが、大森駅の汽車の窓から偶然に古代人の貝塚を発見し、万物を創造したとする神の存在に疑問を呈する騒動が起きて教会と対立していた。フォールズは信仰と科学の折り合いのつけ方で悩み続けており、「生物の進化は神が自身の存在を示すための道具である」と考えていた。そこに教会はモースを論破するため、フォールズとモースの公開討論会を開き、数千人が集まった。決着がつくはずはなかったが、意外な結果を生んだ。二人は友人になったのである。モースと一緒に大森貝塚の発掘調査に加わっているうちに、縄文土器の破片に2000年前の古代人の指紋が残っているのを発見する。

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