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新・農業経営者ルポ

発酵でコメに付加価値と新たな市場を


酒井はもともと銀行や証券会社に勤めており、農業とはまったくの無縁だった。転機は、生ごみを発酵させてエネルギーを取り出す技術をテレビで知ったことだった。もともと代替エネルギーに関心があり、「これだ!」と思った。発酵技術は酒造りに通じるものがあるというから、「完全に文系の自分でもできるんじゃないかと思って」と振り返る。発酵をビジネスにしたいと心に決め、32歳で東京農大の醸造科学科に入学。偶然が重なって胆沢に通うようになり、コンサルタントのような立場でプロジェクトに関わっていった。

資本のなさが生んだ循環システム

もともと用途は燃料という話だった。しかし、「1日何tのコメを処理して、何キロリットルのエタノールを精製して、売り上げは何億円――という絵は描けますよね。でもそれを実現するには、見渡す限りの田んぼを覆うような工場を造らないと、採算が合わない。うまくいきそうな予感が、まったくなかったんですよね」
なまじ資本力があれば、稀有壮大な絵を描いて、無理やり実行に移せたかもしれない。しかし、胆沢のプロジェクトにそんな余裕はなかった。だったら田んぼから付加価値を生もう。
「水田という一つの資源から、どれだけ新しい産業を生み出すかということに注力しています」
その仕組みはこうだ。耕作放棄地になっていた、あるいは放っておくとそうなりかねない田んぼで、アグリ笹森が無農薬無化学肥料で飼料用米の「つぶゆたか」を作る。その一部をファーメンステーションでエタノールの精製に使い、残りは養鶏農家のまっちゃん農園(奥州市)で直接飼料にする。発酵過程で出る米もろみ粕は、まっちゃん農園に飼料として使ってもらう。米もろみ粕を与えると、ニワトリの食い込みが良くなるそうだ。
まっちゃん農園で獲れた卵は家庭向けの販売に加え、菓子の原料になったり、地元の農家民宿まやごやで卵かけご飯に使われたりする。鶏糞はまやごやの田んぼの土づくりに使う。
こうすれば、オーガニックであるだけでなく、精製過程でゴミの出ないサステナブル(持続可能)なエタノールだと消費者に訴えられる。原料にストーリーがあり、こだわりの強い消費者層により訴求できる製品になった。自社ブランドに加え、化粧品メーカーなどのOEM製造もする。
ゴミが出ない仕組みをつくるうえで、資本力のなさが功を奏した。というのも、エタノールを精製すると、副産物が発生する。資本にものを言わせて立派な処理施設を建てるところもあるけれども、そんなお金はなかった。自然、すべてを有効活用する流れになったのだ。

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