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新・農業経営者ルポ

朝日は昇り、花を咲かせる


農地は実家の畑のほか、休耕地をあっせんしてもらった。初年度耕作したのは3ha。素人ではあったものの、「本やネットに学んで作ってみたら、奇跡的にできたんですよ」。

外食チェーンから個人の飲食店や個人客へ

ただ、すぐに課題に直面した。取引先が求めてきたのは同じ品目の野菜の周年出荷。それなのに森田が耕している農地は吉野ヶ里町にしかなく、自社での生産だけではそれがかなわない。仕方ないので市場から野菜を仕入れて取引先に出荷するという、「いったい何をしているんだかわからない」事態が続いた。
それは望んだ農業ではなかった。やりたかったのは、自分が作った農産物を通じて感動を届けることだ。これ以後、外食チェーンとの取引からだんだんと手を引いていく。

顧客獲得に役立ったブログ

代わって増えていったのは個人客。森田は経営コンサルタント時代からブログに日々の出来事を書いていた。当初は金融業界の人に関心を持たれ、一時は「アメーバブログ」で閲覧数が1位になるほどだったという。農業を始めてからは読者が変わっていった。とくに無農薬や減農薬で栽培するうちに、主婦の読者が増え、野菜の注文が入るようになっていた。
そのうち日本では珍しい野菜の種を購入しては作り、その様子もまたブログで紹介していた。ある日、それを目にした個人店のシェフから問い合わせが入る。見た目が紫キャベツに似たトレビスが欲しいというのだった。さらに、そのシェフは日本では珍しい野菜の名前を挙げ、注文できるかどうか尋ねてきた。作ってはいなかったものの、断ることはせず、種を取り寄せて生産を始める。以後も同じようなことが続き、いつしか取り扱う野菜は200種類以上になっていた。
農業を始めたときから決めていたことがある。レストランの経営だ。
「種をまいてから口に入るところまで提案できるようにするのが一番の広告になると思っとったですよね」
200種類以上も作っていれば、かなりの数の野菜が余ってくる。それらを活用する商売としてもレストランはいいと思った。現在、佐賀市に「Farmers' Kitchen&Marche;」を持ち、野菜ソムリエの資格を持つ妻がシェフとして厨房に立っている。さらに、筆者が今回の取材で訪れたこの道の駅でも3月からレストランを開業した。メニューは佐賀市と同じで、こちらは森田が自ら腕を振るっている。

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