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Economic eye

コメ輸出論の思い出 40年の軌跡 アメリカ向け輸出の成功と「おにぎり」文化

40年前、筆者が「農業(コメ)は輸出産業になる」と論じたとき、農産物の「輸出」は驚天動地の議論だった。朝日新聞1981年7月13日付け(夕刊)に「日本農業は輸出産業に」と、肝を冷やすくらい大きく載った(石川真澄記者によるNIRA提言「農業自立戦略の研究」スクープ記事)。日本農業の発展への道として提案したものであった(詳しくは拙著『農業・先進国型産業論』日本経済新聞社、1982年参照)。
当時はまだ保護主義が全盛であり、「一粒たりとも入れさせない」と、農業界は騒いでいた。日本の稲作経営は零細であり、コメは価格が高く、国際競争力はないという固定観念が支配していた。そういう時代であるから、市場開放につながる「コメ輸出」説等とんでもない議論ということで、筆者への風当たりも強かった。
実際に、農業は輸出産業になったのか?1990年代中頃から、政府は農政改革の一つの柱として、農産物の輸出を言うようになった。そして、2013年6月に閣議決定された「日本再興戦略」において、安倍内閣は「2020年に農林水産物輸出1兆円を目指す」とした。2015年には輸出好調と見て目標達成を19年に前倒しした(目標未達、2019年9,121億円)。
まだ、輸出産業になったとは言えないが、国民は農産物輸出論に驚かなくなっている。時代の変化は隔世の感がある。
筆者が「農業は輸出産業になる」と言ったのは、経済理論からの演繹であった。農業はHuman capital(人的資本)が決定的に重要な産業であるから、日本は人的資本の蓄積が厚い以上、競争原理の導入が進めば、農業は強くなり輸出産業になると考えたのである。理論上の仮説であり、目の前には何の実績もなかった。

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