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【農業は先進国型産業になった!】
日本ワイン比較優位産業論 現地ルポ 第22回 研究者の“脱サラ”ワイナリー 自己実現めざす働き方改革 ビーズニーズヴィンヤーズ(茨城県つくば市)
- 評論家 叶芳和
- 第42回 2020年11月27日
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■科学的知識が総合的に動員されるワイン造り
ブドウ栽培には植物生理学に加えて、害虫や病気や農薬の知識に、土壌学や雑草の年間遷移についての知識が必要だ。醸造となれば酵母によるアルコール発酵、乳酸菌によるマロラクティック発酵に関わる微生物学的知識、果汁の酸や糖度などの分析も必要。まさしく科学的知識が総合的に動員される世界だ。生物学好きの今村さんにとって、ブドウの植物生理や土壌微生物のことを考えるのは何よりも楽しい時間だ。研修のため長野県のワイナリーに通うたびに、この仕事を生業にしたいと強く思うようになったという。
もうひとつ動機があった。ワイン造りを職とすれば、筑波に戻れるのではないかということだった。生まれ育った地への愛着だ。
確かに、筑波は夜温が下がらず、少々冷涼に欠け、ブドウ適地ではないように思われるが、郷土愛と探求心が問題を克服した。
筑波山麓の「逆転層」現象がこの見方を覆した。上層が温かく下層に冷気が入る逆転層現象は秋から晩冬に発生するが、この現象のお陰で地表の気温は4℃くらい下がるので、春の芽吹きが遅れる。その結果、収穫期が遅れる。気温が下がってから、収穫することになるので、ブドウの品質が良くなる。温暖な当地方でも、逆転層現象のお陰で品質の良いブドウができる。
一方、筑波山麓には花崗岩が崩壊して積もった独特な土壌がある。ブドウは各種微量ミネラルに対する要求量が高く、土壌は中性に近い方がよいが(pH6.0~6.5くらい)、花崗岩度合いの高い臼井はpH6.0であり最適である(沼田はpH5.0~5.5と低いため、牡蠣(カキ)殻石灰などを施用してpHを上げる方向の施肥を行なっている)。花崗岩土壌は海外のワイン銘醸地、伊のサルディーニャ島や、仏のアルザスやローヌ地方などでもみられる、水はけのよい、ミネラル分の豊かな土壌だ。
つまり、筑波山麓は、逆転層現象によって気象上の不利な条件を覆し、一方、美味しいブドウを作る土壌条件があるわけだ。
■ワクワクする仕事の選択こそ真の働き方改革
そこまで考えたとき、今村さんは製薬での仕事とワイン造りの仕事を天秤にかけ、ワイン造りの仕事に挑戦することにした。40歳のときである。
会社の研究者の時代と、ワイン造りに就農した今の比較を聞いた。「仕事に向き合ったときワクワクするのは同じです。ただし、今の方が楽しいときの時間の割合が大きい」という。つまり、今の方がハッピーといえよう。一人でワイン造りをしているから、「8時間労働」はない。寝るときと食事のとき以外は仕事のことを考えている。特に夏場は長時間労働だ。「残業」という概念はない。労働時間が倍増しても、楽しい時を過ごしているのであり、むしろ幸せなのである。
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叶芳和 カノウヨシカズ
評論家
1943年、鹿児島県奄美大島生まれ。一橋大学大学院経済学研究科 博士課程修了。元・財団法人国民経済研究協会理事長。拓殖大学 国際開発学部教授、帝京平成大学現代ライフ学部教授を経て2012年から現職。主な著書は『農業・先進国型産業論』(日本経済新聞社1982年)、『赤い資本主義・中国』(東洋経済新報社1993年)、『走るアジア送れる日本』(日本評論社2003年)など。
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