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人生・農業リセット再出発

悟りは捨てることから始めよ


“磯笛(いそぶえ)”楽器ではなく、命にかかわるものだと知った。浮上した瞬間に口をすぼめて呼吸をすると、ピューと口笛が潮騒の波間に漂う哀愁じみた音になる。高圧の水中から出る時に、空気中に溶け込んだ窒素が水気泡になって血管に詰まる危険な潜水病を防ぐため、一気に肺を開くのを避けて徐々に息をする、それが口笛に聞こえるのだ。じっと一分近くも息を止めるのさえ難しいのに、腰に重しを巻いて海底で獲物を探して岩から剥がして捕獲し、そして浮き上がってきて息継ぎをし、また海底へ向かう繰り返し……半端ではない重労働だろうに、彼女たちに苦悩の色は見えない。男の海女がいないのは、子を産むオンナにしかない強靭な忍耐力と持続力ゆえなのだろうか。
沖縄へ生まれて初めてのダイビングに出かけた時、船員の30分の長い説明の後、ゴーグルを被ってマウスピースをくわえて顔を沈める練習で、深い闇の海底が広がって足場が無い不安で緊張して船にしがみつく。息を吸うが、タンクから出てくる空気が足りなくて息苦しくなり、マウスピースを外して深呼吸をしなおす連続。「すべてを捨てることから始めてください!」。長い解説より船長の解決の一言にハッと気がついた。息を止めて潜ったことはあっても、水中で呼吸する経験は無かった。そうかあ、“呼吸”とは、吐いてから吸うと書く。水中で大きく息を吐いてみると、ゴボゴボと大きな泡が吹き出る。自然に吸ってみるとボンベの圧力でスーッと新鮮な空気が肺に入って来た。
猿を捕える罠の一つに、壷がある。中に入れてある餌をつかんだ猿は拳(こぶし)を閉じたまま開こうとしない。拳がつかえて逃げられなくなる形の、ただの壷である。手指を広げて捨てさえすれば逃げられるものを、握った獲物は離さない習性を逆手に取っただけのこと。失うこと、捨てることの難しさは、命ある万物が与えられた永遠の課題か。赤ん坊は何でも人生でつかんでやろう、見てやろうと手をニンギニンギして産まれ、そして人生の終わりには手を開き切る。

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