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新・農業経営者ルポ

大規模経営こそ技術を語れ


「おじきが大泉村の助役をやっていて、農政課の職員とか、みんな相談に来る。それを横で聞いていて、そんなに農業ってダメなのと思った」
会社に勤めて6年目の梅津は「サラリーマンをやっていても面白くないなと感じていた。そんなに農業が大変だというのなら、俺が農業をやってみよう」と就農を決める。梅津が農業に関心を示し始めたころ、周囲は「いいんじゃない。百姓って、誰だってできるから」という反応だった。ところがである。
「俺が本気になって百姓やる、会社を辞めてくるって言ったら、全員反対。だったら役場に入れとか、土木の会社が大泉村にはないから作れ、工事の仕事だったらあるとか言う。そんなことのためだったら、会社を辞めないよ」
大泉町は八ヶ岳南麓にあり、南に富士山、西に甲斐駒ヶ岳をはじめとする南アルプスの山々が見晴らせる。その景観が昔から好きで、夏となれば友人知人を連れてよく訪れていた。それだけに、仕事を辞めて移住し、就農するという選択に迷いはなかった。大泉町こそが「わが、まほろば」。つまり、自分にとっての理想郷だと思い定め、30歳、30aからの挑戦を始める。80年の就農当時を「農家は、売るということを知らなかった」と振り返る。
「この世界に入って1年目に、農協を通して売ってみた。そうしたら、赤字で。相場って良いときは良いけど、悪いときは、どうにもならないくらい悪いわけだよ。あ、これはいかんわと」
もともと勤めた建設業界は、発注額が決まっていて、業者はその額に収めて利益も出るよう、そろばんを弾く。梅津は農業でも同じことをした。生産原価を割り出し、「利益が20%あればいいだろうと計算して、どこへ営業行きゃいいんだろうって考えた」。当時は、外食産業が一気に成長する時期で、すかいらーくに営業をかけたのだ。
「営業行って、実は農家を始めたばかりで、1年しか経っていないけど、契約栽培のレタスやりませんかって話したら、おお、やりましょうと。そんな簡単に決まっていいのと、びっくりした。就農2年目の契約でいきなり1ha契約して、次の年は3ha、さらに次の年は6haと増やしていった」

大規模経営こそ技術が大事

取引先も増え、面積も急拡大。
「就農して5年経ったら、脱サラでやたら面積を増やしている奴がいると、結構有名になっていた」
実需からは、年間を通して納めてほしいと依頼される。とはいえ、大泉町では冬場の供給ができない。

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