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スマート・テロワールの実践者たち

志産志消が息づく「当地ならでは」×「この人ならでは」

皆がなんとなく当たり前と思っていることほど、「本当にそうなのか」が、深くは考えられていないものだ。「農業は男が主導するものだ」とか、「高額すぎる国産食材は売れない」とか、「平地のない山村は農業不適地だ」とか、「乳牛の肉はおいしくない」とか、我々は機械的に、何の根拠もなく思い込んでいる。
「イノベーション」とは何か。そういう「当たり前」は本当に当たり前なのかと疑問を持ち、自ら試してみて、そうではない道を切り拓くことだ。だから農業のように、古くからの思い込みが放置されている分野ほど、イノベーションの芽は多い。好んで試行錯誤を重ねる生産者が増え、彼らのトライを支える消費者が増えてくれば、日本の農業と食文化はもっともっと豊かになる。
キーワードは、地産地消ならぬ「志産志消」。志を持ってイノベーションの道を進む生産者と、志を持って消費し支える消費者のコラボだ。
雪に埋まった岩手県の山村・西和賀町での実践には、その「志産志消」の美しい芽生えがある。

古来の街道筋が育んだイノベーションの芽

岩手県の西端の山中、秋田県との県境にある岩手県西和賀町。旧湯田町と沢内村、山村同士が合併してできたこの町に、下界を騒がせている新型コロナ禍は、ほとんど及んでいない。しかしこの冬も雪害は深刻だった。一階は雪に埋まって窓に陽は射さず、雪かきをしなければ外にも出られない。埋もれては掘り出すいたちごっこを怠ると、ハウスの骨組みも倒壊する。かつて2万人近くあった人口は6千人を切り、半数が65歳以上だ。
「なんでそんなところにわざわざ住むのか」と考える人もおられよう。だが、住む必然があるから住むのである。令和の時代に6千人が住めるだけの、ここならではの資源があるのだ。「なんとなくの常識」の中に生きていると気づかないが、人間以外に資源のない、食料はもちろん飲料水すらも自給できない東京都に、1千数百万人がわざわざ集まって住んでいることの方が、実は必然でも必要でもない。
西和賀は天恵の町だ。岩手県は、太平洋の寒流で冷やされた東風「やませ」のもたらす冷害に苦しんできた。だが秋田県に接する盆地の西和賀は、冬は豪雪でも夏の日中は高温で、おいしい作物が育つ。おまけに幾つもの共同浴場のある、温泉の宝庫でもある。中心部にある「ほっとゆだ」駅は、温泉浴場が併設された駅として有名だ。

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