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スマート・テロワールの実践者たち

信州の小さな町で、非農家出身の若者たちが創業した牧場の未来

長野県で一番面積が小さく、人口も1万人少々の小布施町。そこにUターンして出版業を営む父に、「荒野」と名付けられた木下青年。「荒れ野の預言者」ヨハネにちなんだのか、荒野を開拓する者たれということか、その名の通りに少年時代から酪農を志し、修業を積んで、故郷に「小布施牧場」を創業した。
「真風」と名付けられ、東京都心のホテルで勤務していた兄も帰郷し、30代前半の兄弟夫婦4人で、六次産業化の道を切り拓き始めた。出版や編集の傍ら、米や栗を自家生産する父も、「取締役用務員」として支援する。
小布施に根差す木下家が、家族総出の農業回帰で創業したこの「小布施牧場」は、どんな哲学で経営され、そこにどんな未来が開けているのだろうか。

信州の小さな宝石 小布施町のテロワール

小布施の町がある北信濃の善光寺平は、標高400m弱の盆地だ。南から流れ下ってきた千曲川と、西の松本方面から峡谷を抜けてきた犀川がここで合流し、信濃川となって新潟方面に向かう。合流地点の川中島も、川が盆地から北東に出ていく小布施と豊野(現長野市)の間のあたりも、歴史を通じて洪水の名所だった。戦後の治水の進展で、その脅威も忘れられがちになっていたが、2019年10月の台風19号による洪水では、北陸新幹線の長野車両基地が水没し、その対岸にある小布施町内でも50戸以上の家屋が被災した。川に近い平地にある小布施牧場にも、浸水は及んだという。
そんな小布施町だが、中心部分には洪水の被害は及ばない。南東の草津白根山から流れ下る松川が形成した扇状地の上にあって、江戸初期に築かれた千両堤で守られているからだ。大坂の陣の前に幕府から警戒され、広島50万石から当地の2万石へと改易された福島正則が、得意の築城術を治水に応用したのである。小布施牧場直営のジェラート店milgreen(ミルグリーン)はその堤の傍らにあって、堤に沿った森は子牛の放牧場となっている。

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