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2019年から良品計画に、アイスクリームの卸売りを開始したことも、経営を助けた。栃木県那須町の「森林ノ牧場」が、販売枠を分けてくれたのである。この「森林ノ牧場」は、非農家の若者が創業したベンチャーで、「勤務は週休2日、9時から6時まで」という理念を掲げ、同じくジャージー種の自然放牧とアイスクリーム直売を行っている。創業直後の東日本大震災で休業を余儀なくされるなど、彼ら自身もたいへんに苦労した経験を持つのだが、同じような経営を志す小布施牧場の支援に動いてくれたのである。
20年には、新潟県三条市に本社を持つアウトドア用品メーカーのスノーピークが、長野県白馬村に開業した体験型複合施設「Snow Peak LAND STATION HAKUBA」と、軽井沢プリンスホテルにも、ジェラートの納入を始めた。
そのように先行者に支えられた小布施牧場が、第五の特徴として「教育と普及」を掲げるのも、味わい深いことだ。小布施牧場を成功させ、そのモデルを新規就農者に教育し、全国、そしてアジア諸国に発信・普及することで、全国や世界の荒れた里山を、美しい味わいの里に再生させていくという理念を持っている。自分たちが楽しんで続けることのできるビジネスモデルを確立し、全国や世界に同様のことをする仲間を増やそうとしているわけだ。自社事業の規模と売り上げの拡大こそが幸せであると考える資本家的で自己拡張的な発想と、根本のところが違う。
自分らしい人生を楽しく生きるための農業
戦後の工業化を経て、産業のサービス化が極まった21世紀の日本。非農家出身の若者が農場をつくるというのには、いわば一周回った原点回帰のような趣がある。
しかし彼らが目指すのは、過去にあった農業ではなく、ここから新たに始める農業だ。工業やサービス業の要素も取り入れ、自分たちが自分たちらしく楽しく生きていくために、農を核としたベンチャーを創業しているのである。
先日ネットで、ある若い女性の人生相談の記事を読んだ。「仕事が原因で鬱になってしまって、働けなくなってしまいました。人間は働かなければ生きている価値がないのに、今の状態では、穀潰し、人間のカスと言われても仕方がありません」。この相談者は人生のどこかの段階で、「人間は働かなければならない」という価値観を押し付けられ、それに染まって生きてきたのだろう。だがそれは裏返せば、働いていない人を、穀潰しで人間のカスであると見下す価値観でもある。その根っこには、「他人に見下されたくない」という承認欲求があるのだろう。それが満たされなくなったからこそ相談しているし、自分で自分を罵ることで免罪符を得たいのではないか。
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藻谷浩介 モタニコウスケ
山口県生まれの56歳。(株)日本総合研究所主席研究員、一般社団法人スマート・テロワール協会理事。平成合併前の全3,200市町村、海外114ヶ国を自費で訪問し、地域特性を多面的に把握。2000年頃から精力的に、地域振興や人口成熟問題に関する研究・著作・講演を行っている。著書に『デフレの正体』、『里山資本主義』 (共にKADOKAWA)、『世界まちかど地政学Next』(文藝春秋)など。近著(共著)に 『進化する里山資本主義』 (Japan Times)、『東京脱出論』 (ブックマン社)。日本農業新聞のコラム「論点」に、2014年以来、年2回寄稿中。
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