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世界農業遺産を訪ねて

テロワールの参入障壁から高収益 消費者支持が持続的農業を導く 静岡 水わさびの伝統栽培


また、海外でも栽培が増えている。日本わさびの需要が急増しているが、日本での生産規模は縮小気味のため、日本からの輸入に代わり、現地でわさび栽培が盛んになってきた。中国、台湾などアジアに限らず、イギリス、オーストラリア(タスマニア島)、カナダ、米国などで日本わさびが生産されている。
外国から日本への輸入も多い。わさび栽培はグローバルである。

2 清流が流れる畳石式わさび田

400年前から続く
わさびは日本列島で独自の進化を遂げた固有種であり、自生する野生のわさびが日本各地で見られる。文献によると、飛鳥時代から利用されている(薬草として)。栽培が始まったのは約400年前、江戸時代初期の1600年頃、安倍川流域の有東木(うとうぎ・現静岡市葵区)で始まり、当地が栽培発祥の地とされている(1607年駿府城で晩年を送っていた徳川家康は献上されたわさびが気に入り、有東木から門外不出にしたとの言い伝えが残されている)。
その後、300年近く前に、伊豆半島に広がった。1744年、椎茸の栽培技術と引き換えに有東木から伝わったという説がある。
わさびの生育には、10~15℃程度の低い水温と、一年中変化の少ない流水が豊富に必要だ(年間の水温差が3~4℃と少ないほど生育が早く、収量が多くなる)。天城山系は年間雨量3000~4000mmで日本有数の多雨地帯である。その雨が豊かな森林に蓄えられ、年間を通じて13℃前後の湧水が豊富に湧き出しているため、栽培適地として優れ、伊豆地方をわさび栽培の適地に発展させた。

年間を通して豊かな湧水
平井熊太郎翁は静岡の大恩人
特に、1892年(明治25)頃、石を積み上げて表面に砂を乗せた「畳石(たたみいし)式」と呼ばれる栽培方式が確立され、生産量が飛躍的に向上した。この畳石式栽培は中伊豆の石垣石工技術者・平井熊太郎氏による考案である。当時のわさび田は「ヌク」と呼ばれるドロのため、きれいな水が土の中まで流れず、腐敗病が起きていた。これを解決せんと新しいわさび田を考え出したのである。
畳石式わさび田は、地盤を深く掘って下層に大きな石を敷き、その上層へ徐々に小さな石を敷き詰めていき、表面に砂を乗せる。わさび田の内部にも水が通る構造で、根が張る地下部にも冷涼な水を行き渡らせることができる。
そこに冷たくて澄んだ水を流すと、不純物をろ過し、水温の安定した水がわさび田一面、均一に水が流れる。年間に亘り、冷涼かつ栄養分や溶存酸素を多く含んだ水が供給されるため、根茎の肥大に優れ、高品質なわさびが栽培できる。軟腐病などの病気も回避できる。一年を通して安定生産を可能にした。

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