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新・農業経営者ルポ

子供に導かれ、福祉農園という出会いと学びの場ができた

ここだからこそ学べることがある

 見沼田んぼ福祉農園は、学びの場でもある。障害者を含む高齢者から子供まで、多様な知識や経験あるいは人生を背負った人々が、見沼田んぼという風土の中で、ともに作業し、遊ぶ関係の中で自ら学ぶ。学校はもとより教育力を失った家庭や地域に代わる貴重な学びの場になっている。「のうぎょう少年団」は学生ボランティアたちが組織した活動であるが、単なるイベントとしての農作業体験の場ではない。作物の栽培やその前の土作りや畑作りも含めて、農園での仕事や遊びが、子供たちの日常生活の一部に組み込まれるような活動だ。かつて、子供たちが村の日常や大人の仕事の手伝い、あるいは大人たちの間に混じって暮らすことで獲得していった知恵。それを農園経営という連続性を持った「生きた場所」で、あるいは大人たちとの「関係性」から、子供たちに体験的に学ばせる機会がそこにはあるのだ。それは学生や親たちにも何かを与える。

 農園は学生たちにとっては現代の「若衆宿」である。

 猪瀬の次男・浩平(27歳)は東京大学大学院総合文化研究所に所属する文化人類学の研究者であるが、同時に、良太の弟として福祉農園に最初からかかわり、「風の学校」の世話役あるいは事務局長的役割を果たしている。

 浩平によれば、多くの学生スタッフは「農園での障害者福祉」に関心を持って集まってきている。初めから農業に関心を持っていた者はむしろ少ない。にもかかわらず、農園での体験や出会いを通して農業に関心を持つようになり、作物のことが気になりだす。その個人の変化が組織としての風の学校の変化を導いている、と話す。風の学校は学生たちが農園に関わることを通して発生し成長しているのだ。猪瀬は、それが育つ土作りをしたのだ。

 学生スタッフとして参加する者の多くは農業とは関係のない職場に就職していく。でも、次世代を担う人々として持つべき教養としてそこでの体験は大きな財産になるはずだ。

 福祉農園の学生スタッフの一人に河合研(19歳)という青年がいる。多摩市にある農業者大学校の学生であるが、ここではむしろ異色の存在だ。岐阜県の花農家の後継者で、同大学校の講師を勤める小松光一のゼミ学生として、他の学生たちとともにここに来た。

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