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スマート・テロワールの実践者たち

大津波でも流せない テロワールと人の底力 復興最前線の挑戦者たち(岩手県陸前高田市)



主役は地元に身を投じた人と根差す人

最後に、まったくの個人話で恐縮だ。これまでに全国で地域振興に関し7000回以上の登壇を重ねてきた筆者の、人生初の登壇といえるものが、1991年に陸前高田市で、市民有志の集まった小さなパネルをコーディネートしたことだった。日本開発銀行(現(株)日本政策投資銀行)の3年目の職員だった筆者は、会社の変わり者の先輩に連れられ、当地で青年会議所OB有志の実施した会に参加したのである。
その20年後に襲った津波で、その際の会場、懇親会をした店、泊った宿、すべてが流された。ニュースを聞いたときに、筆者が真っ先に心配したのが、20年前の行事の中心だった八木澤商店、そのときに飲んだ「マスカットサイダー」を造る神田葡萄園、そして行事の後の深夜に一緒に飲んだ駅前のカメラ屋さんのことだ。残念にも、カメラ屋さんについては、その後のご消息を知らない。だが彼が筆者に語った言葉は、耳の奥に焼き付いている。
「都会からやってきて、お説教だけして帰る連中は、要すれば『仕切り屋』だ。偉そうに仕切ってるが、でも本当に大事なのはそっちじゃない。俺たち地元の人間、ここから逃げずにへばりついてる人間たちが、主役なんだ」
恥ずかしながらその後の20年間、仕切り屋としか呼びようのない人生を送っている筆者だが、自分が「先生」ではなく仕切り屋に過ぎないことを、あの晩以来、片時も忘れたことはない。仕切り屋は、地元民がいてこそ意味がある。主役の地元民と、その子孫の未来のために、微力を尽くして仕切るところを仕切るのが仕切り屋だ。
筆者の職業人生の原点ともいえる陸前高田と、そこに身を投じた人、根差す人、その子孫たちの未来が、大いなる幸せに包まれることを、ささやかな関係人口の一人として願ってやまない。

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