ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

左ハンドルの“日本車”を買いました!


さすがに運転手さんに聞いた。「この車クラウンですよね? なんでロール(傾く)が少ないんですか?」。すると、意外な答えが待っていた。「この車、スバルのB4レガシーなんです」。私はてっきりクラウンだと思っていたのでびっくりした。これも知っている人は知っているが、クラウンの車内スペースは、トヨタでも格下のカムリやスバルB4レガシーよりも狭い。この時点で金払って小さいクラウン購入は消えた。
運転手さんは「4輪駆動で、水平対向エンジンは良いですよ」と、のたまう。水平対向エンジンね~、そういえば自分も操縦する飛行機のエンジンもアメリカ製の水平対向エンジンだったな~と、共通点を思い出した。そこで妻の指示どおり、国産車スバルで7人乗り、AWD、アイサイトを捜したら18年くらいから販売していない。5人乗りでは小さいので、さー困った。やはり金髪・ブルーアイが作ったGMシェビーになるかと、いろいろネット検索してみた。その結果、アメリカ製Subaru Ascentがヒットしたのだ。

ゲテモノか、良い車か!?

ただ40年間トヨタに乗っているし、故障率、安全、安心にどっぷりつかって、他車に目移りするのは禁断の果実をもぎ取るようなものだった。それに今でも言われるのが、「えースバル?」。まるでゲテモノでも扱うような目線で言われることが多い。
よく考えれば、スバルの起源は先の戦いで活躍した中島飛行機にある。当時は三菱より多くの零戦を作り、隼、疾風、呑龍や火龍と呼ばれるジェット戦闘機などの航空機やエンジンを作り、日本を守るために敵と戦った。戦後は富士重工となり、ロケット、ヘリコプターの製造などをしている。つまり、いつも死を隣り合わせにモノづくりをしている会社だからこそ、テレビで30年に死者ゼロを目指すとCMで言えるのだろう。
そうなると決断は早い。埼玉・南浦和の輸入自動車販売店に連絡を取り、20年3月に契約、7月納車となった。引き取り時に靖国と千鳥ヶ淵に行き、その中間にある、戦後の1972年に120万ドルの賠償金を要求した多くの裏切りヨーロッパの代表といえるイタリア文化会館で、「ドロボー金返せー!」と叫んで通行人をビビらせ、大洗からフェリーに20時間乗って、北海道に帰ってきた。
良いですね~、この車は走行中の前車との距離を保ってくれる。そしてガツンと急ブレーキではなく、スムーズに一時停止したのちに、自動発進もしてくれるのだ。どうも気温が0度以下になると車間距離を多くするような設定になっている。まだある。前だけではなくバックする時も障害物があると緊急停止してくれる。車線の維持もハンドルがやってくれたり、死角になる隣後ろの車線から来た車はドアミラーが警告をしてくれたりする。ルームミラーも、満席になったら車両後方は見えなくなるが、後方カメラが付いているのでルームミラーに映るハイテク装置付きなのだ。

関連記事

powered by weblio