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新・農業経営者ルポ

ずっと向き合ってきた「集落」とこれからも付き合っていく

魚沼コシヒカリ発祥の地でコメを作り続けて30年。その島田徳重さんは品目横断的経営安定対策に伴う集落組織化の動きと、自らの経営をどうバランスをとるか葛藤している。だが、「島田さんのコメが食べたい」と言う顧客の声が島田さんの背中を押そうとしてくれている。政策がどうあれ今までどおりのスタンスで集落と向き合い、自分なりの経営を続けようとしている。
 これまで数多くの生産者に出会ったが、「大統領」に出会ったのは初めてだ。島田徳重さん。コシヒカリ共和国の4代目大統領を務めたという。

 コシヒカリ共和国とは、JA六日町(現在は合併してJA魚沼みなみ)の青年部のOBが、「コメ余りの時代を生き抜くために、生産者自らが生産から販売まで携わる組織をつくろう」と1989年に建国したもの。もっとも共和国といってもバーチャル国家。このころ、地域の特長を生かして活性化を図ろうと、各地に共和国が誕生した時期でもあった。

 「事務局はJA内に置いたけど、宣伝・PRは自分たちでやることにした。オレが大統領だった96年~2000年にも東京の池袋や新宿に出て行っては、試食販売イベントをどんどんやりましたよ」と島田さん。 活動の様子は、マスコミでも数多く取り上げられただけでなく、日本海を隔てて韓国まで伝わり、韓国農協中央会の会長も島田さん宅を訪れたという。

 島田さんが生産するコメは地代分を除いて約400俵。そのうち100俵はコシヒカリ共和国のコメとして販売される。これらは有機米あるいは特別栽培米で、JAを通じて一般の消費者に売られている。残りの300俵のうち、半分は個人客や地元の飲食店に直売、残りは埼玉県の米穀店、地元の業者に納めており、販路は安定している。

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