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【特集】
コロナ、ウクライナ動乱が日本農業にもたらすもの
- 編集部
- 2022年04月25日
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こうした事態は、日本の国民と政治がこれまで当然のことと思ってきた日本の共同幻想を打ち壊すことになるのではないだろうか。例えば、日本国憲法を金科玉条とする安全保障への考え方への懐疑、電力不足とエネルギー不安を体験しての反原発への疑問、コロナ規制で見えてきたゼロリスクを求めることの不毛さ、これまで想像もしなかった食糧供給への不安、円安の進行による日本の将来への不安。メディアが煽り、政府もそれに乗ったまん延防止という行動規制の結果による経済衰退。こうしたコロナ、ウクライナ動乱はこれからの日本の社会、そして農業界にどのような影響をもたらすのだろうか。
(昆吉則)
こんな話を読んだことがある。ある女性研究者が未開地域の調査に行ったところ、妻が子どもを抱え、重い荷物を背負ってやっと歩いているのに、夫はナイフと弓矢しか持たずにのんびり歩いていた。これを見て彼女は「男尊女卑の極み」と怒った。しかし、もし夫に聞いたらこんな答えが返ってくるだろう。「この辺は凶悪なよそ者が入り込んでいる。もし襲われたら自分は殺され、妻子と財産は奪われる。だから自分は身軽で戦う準備が必要なのだ」
この話はウクライナの状況に通じる。女性と子どもを国外に逃し、成人男性は残って国を守る。研究者と同じようにこの状況を「おかしい」と感じる日本人がいる。生命は何より大事なのだから全員逃げたらいいという意見だ。しかし、歴史上何度も侵略を受けた経験から、国が占領されたら人々がどんなに悲惨な状況になるのか、ウクライナの人はよく知っている。だからこそ命をかけて戦うのは究極の選択であり、リスク認知が行動を決めているのだ。
日本は犯罪が少なく、国境は海で守られ、自然災害以外に生命財産の危機はほとんどない安全な国だ。だから多くの国民は安心できるはずだが、必ずしもそうではない。世の中には添加物、残留農薬、遺伝子組換えなどを危険とする間違った情報が大量に流され、これらによる健康被害は出ていないにもかかわらず、誤情報を信じて不安を感じる人が多い。
実は人間の歴史が始まって以来、私たちは戦いや犯罪などの現実的リスクの他に、観念的リスクを恐れてきた。それは怨霊や妖怪などの「見えないリスク」で、これらが病気や不幸をもたらすと信じられた。怨霊を打ち負かすことができるのは呪術師や魔術師だけであり、だから私たちは彼らを信じて頼ることで安心を得ていた。
太古の見えないリスクの多くが現在は消え去ったが、科学技術の発達と共に別の見えないリスクが登場した。それが化学物質や放射能、そして未知のウイルスだ。私たちはこれらの存在を五感で確認することはできない。科学者が専門的な機器を使って初めて検出できる。これらのリスクを個人で管理することは困難であり、科学者のアドバイスを得て行政と事業者が担当する。しかし、私たちの安全は本当に守られているのだろうか? そもそも科学者は真実を伝えているのだろうか? 彼らを信頼できれば安心できるが、信頼できない時に頼るのが検査だ。検査は「リスクの見える化」の手段であり、だからBSEも放射能も新型コロナウイルスも、誰もが検査を熱望した。これが現代社会にはびこる観念的リスクへの不安だ。
私たちの本能的な願望はゼロリスク、すなわち危険と言われるものは全てなくすことである。そしてそれが可能と考える人たちがいる。そこに欠如しているのがリスク最適化という考え方だ。例えば、添加物をゼロにすることにどんなメリットがあるのか? 健康被害は出ていないので現実的リスクの削減にはならないが、不安という観念的リスクは削減できる。他方、デメリットはほとんどの加工食品の製造ができなくなることであり、コンビニの食料品棚の大部分が空になる。添加物を使用するリスクと禁止するリスクを比較して、両者のリスクの総和を最低限にする作業がリスク最適化だ。
(昆吉則)
リスク認知と行動/東京大学名誉教授 唐木英明
こんな話を読んだことがある。ある女性研究者が未開地域の調査に行ったところ、妻が子どもを抱え、重い荷物を背負ってやっと歩いているのに、夫はナイフと弓矢しか持たずにのんびり歩いていた。これを見て彼女は「男尊女卑の極み」と怒った。しかし、もし夫に聞いたらこんな答えが返ってくるだろう。「この辺は凶悪なよそ者が入り込んでいる。もし襲われたら自分は殺され、妻子と財産は奪われる。だから自分は身軽で戦う準備が必要なのだ」
この話はウクライナの状況に通じる。女性と子どもを国外に逃し、成人男性は残って国を守る。研究者と同じようにこの状況を「おかしい」と感じる日本人がいる。生命は何より大事なのだから全員逃げたらいいという意見だ。しかし、歴史上何度も侵略を受けた経験から、国が占領されたら人々がどんなに悲惨な状況になるのか、ウクライナの人はよく知っている。だからこそ命をかけて戦うのは究極の選択であり、リスク認知が行動を決めているのだ。
日本は犯罪が少なく、国境は海で守られ、自然災害以外に生命財産の危機はほとんどない安全な国だ。だから多くの国民は安心できるはずだが、必ずしもそうではない。世の中には添加物、残留農薬、遺伝子組換えなどを危険とする間違った情報が大量に流され、これらによる健康被害は出ていないにもかかわらず、誤情報を信じて不安を感じる人が多い。
実は人間の歴史が始まって以来、私たちは戦いや犯罪などの現実的リスクの他に、観念的リスクを恐れてきた。それは怨霊や妖怪などの「見えないリスク」で、これらが病気や不幸をもたらすと信じられた。怨霊を打ち負かすことができるのは呪術師や魔術師だけであり、だから私たちは彼らを信じて頼ることで安心を得ていた。
太古の見えないリスクの多くが現在は消え去ったが、科学技術の発達と共に別の見えないリスクが登場した。それが化学物質や放射能、そして未知のウイルスだ。私たちはこれらの存在を五感で確認することはできない。科学者が専門的な機器を使って初めて検出できる。これらのリスクを個人で管理することは困難であり、科学者のアドバイスを得て行政と事業者が担当する。しかし、私たちの安全は本当に守られているのだろうか? そもそも科学者は真実を伝えているのだろうか? 彼らを信頼できれば安心できるが、信頼できない時に頼るのが検査だ。検査は「リスクの見える化」の手段であり、だからBSEも放射能も新型コロナウイルスも、誰もが検査を熱望した。これが現代社会にはびこる観念的リスクへの不安だ。
私たちの本能的な願望はゼロリスク、すなわち危険と言われるものは全てなくすことである。そしてそれが可能と考える人たちがいる。そこに欠如しているのがリスク最適化という考え方だ。例えば、添加物をゼロにすることにどんなメリットがあるのか? 健康被害は出ていないので現実的リスクの削減にはならないが、不安という観念的リスクは削減できる。他方、デメリットはほとんどの加工食品の製造ができなくなることであり、コンビニの食料品棚の大部分が空になる。添加物を使用するリスクと禁止するリスクを比較して、両者のリスクの総和を最低限にする作業がリスク最適化だ。
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