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特集

農業と食の安全を脅かす「ポピュリズム」



【不安の時代】

消費者にとって食品安全がタダになったのは高度経済成長時代以後のことだ。その背景には大小さまざまな変化がある。順不同で並べると、大きな一つは化学物質の利用拡大だ。「緑の革命」と呼ばれる世界的な農業改革の流れで、化学肥料と農薬の使用が急速に増えた。また、食品添加物が進歩し、腐敗や変質を抑えた加工食品の大量生産が可能になった。化学物質の利用により食生活は豊かで安全なものになったのだが、これに暗雲をもたらしたのが水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病などの化学物質公害である。さらに、当時の農薬は毒性が高く、自殺や殺人に使われた。その結果、化学物質は危険という常識が出来上がった。
多くの人が不安を抱く食品中の添加物や残留農薬、そして放射性物質を五感で認識することはできない。専門家が高度な測定機器を使って分析することでその存在が初めて明らかになる。だから、専門家を信じるしかないのだが、彼らの多くは政府や企業の所属である。これは、多くの人の安全を一部のエリート集団、権力集団が決定することを意味し、これに対する反発がポピュリズム(大衆主義)への支持を広めるとともに、「見えない不安」の広がりが「不安の時代」をもたらした。
また、農業や食品加工の現場を知らない消費者が増えたため、野菜や果物の形や大きさをそろえないと売れないなど、食品に対して工業製品のような規格を求めるようになった。そのために起こった混乱の一つが、キュウリの表面に付いているブルームと呼ばれる白い粉だ。これはキュウリが作る被膜物質で全くの無害なのだが、農薬が付着しているという誤解と不安が広がった。仕方なく粉を作らないキュウリを開発し、それが主流になったのだが、被膜物質がないキュウリは病害虫に弱く、農薬の使用量が増えることを消費者は知らない。
食生活の変化の影響も大きい。家庭調理の時代から外食、中食の時代に移り、加工食品の消費が増えると、食品安全の責任者が消費者から事業者に変わったのだ。消費者は事業者に安全を要求する立場になり、事業者は「お客様は神様」という日本独特の風潮のなかで、多少の無理も受け入れざるを得なくなった。食品の安全性が増したことは消費者にも皮肉な影響を及ぼした。食中毒に無関心になったことから、全体の2割の原因が家庭の食事である。
「見えない不安」が広がり安全を厳しく要求する消費者が増えると、これは大きなビジネスになった。消費者が嫌うものは排除しようという「ゼロリスク・ビジネス」であり、白い粉がないキュウリはその先例だが、加工食品については「無添加」、「無農薬」、そして「遺伝子組換え不使用」が出現した。そして、そのような「不使用商品」の存在が、添加物や遺伝子組換えや残留農薬に対する危険論の裏付けとして使われ、それが消費者の不安を大きくし、さらに不使用商品が売れるというスパイラルが起こっている。

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