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「ゼロリスク」はだれもが夢見る理想だが、「リスク最適化の原則」から言って、その達成は困難だ。例えば、世界の食品安全機関がその安全性を認めて各国で使用が許可されている除草剤「グリホサート」に発がん性があるという、専門家から見ると信じられない判断を、世界がん研究機関(IARC)が行った。すると、米国ではグリホサートによりがんになったと主張する人が訴訟を起こし、優秀な弁護士が陪審員の感情に訴える作戦で勝訴し、多額の懲罰的賠償金を勝ち取った。これをみてヨーロッパの一部の国ではグリホサートを禁止する動きがある。
たしかにグリホサートを禁止すればそのリスクはゼロになる。しかし、グリホサートは除草剤耐性遺伝子組換え作物に使用されるため、禁止すると世界の遺伝子組換え作物の8割が栽培できなくなる。遺伝子組換え反対派はそれを狙って危険論を広げているのだが、もし禁止にすると大豆とトウモロコシの生産は激減し、食料の安定供給は破綻し、ロシアのウクライナ侵攻と同様の大きな影響が予測される。グリホサート禁止はリスクを小さくするのか大きくするのか。その答えは明らかなのだが、そのようなリスク最適化の原則についての真剣な議論はほとんどない。
【ポピュリズム政治】
「見えないリスク」の登場による「不安の時代」の到来、安全は消費者が事業者に求めるだけで得られる「安全はタダ」の時代、神様である「お客様」に事業者が反論できない風潮、安全と安心を混同した「安全安心」の流行、「ゼロリスク」の理想論が達成可能であるかのような幻想を振りまくメディアの不見識、「不使用商品」で収益を上げようとする「ゼロリスク・ビジネス」が作り出す誤解という流れを紹介したが、仕上げはポピュリズム政治である。その例として加工食品の原料原産地表示の義務化を紹介する。
2008年に起こった中国産冷凍餃子事件は、企業に不満を持った従業員が高濃度の農薬を餃子に注入した犯罪事件であり、食品安全の問題ではなかった。しかし、中国産食品がすべて危険であるような報道が続き、全品検査をすべきという極論まで現れた。検査は食品を破壊して行うため、検査済食品は食用にならないのだが、「検査件数が少ない」などの批判が続き、「中国産かどうか知りたい」という要望が広がった。加工食品の原材料は多岐にわたり、仕入れ先は世界に広がり、日々変化する。もし表示に誤りがあれば回収廃棄になるだけでなく企業は信頼を失う。その実現は極めて困難であり、検討課題にとどまっていた。
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