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新・農業経営者ルポ

“本物”の下仁田ネギをこれからも

群馬県南西部の中山間に位置し、昔より中山道の脇往還「上州姫街道」における商品物流の要として栄えてきた下仁田町。昭和の初期までは養蚕業が盛んで、その後はコンニャク栽培が主流となった。そして今、ブームとなっているのが、江戸時代に栽培の始まった下仁田ネギである。同町で作る下仁田ネギは「甘くてコクがある」と評判となり、シーズンには多くの観光客で賑わう。今回の主人公は、脱サラをして、父親のあとを継ぎ、下仁田ネギの生産者となった「下仁田ファーム・小金沢農園」の小金沢章文だ。2006年に就農し、伝統を守る栽培方法で、珠玉の逸品を作り続けている。その栽培方法に加え、いかに伝統を守っているのか、話を聞いた。 文・写真/永峰英太郎
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本場の下仁田ネギを栽培

太く短い白根と、熱を通したときに出る独特の甘み、そしてとろりとした食感が特徴の下仁田ネギ。白根は長さが15~20cmと短く、太さは3~5cmほどと、他のネギに比べて太いのが特徴だ。
下仁田という名前が示す通り、群馬県甘楽郡下仁田町の特産物として知られる。
この下仁田ネギが今、大きなブームになっている。火付け役となったのはテレビだ。旅番組と地場野菜は数字が取れ、しかも東京から日帰りでロケができるこの地は、テレビ局にとっては、格好の存在なのだ。筆者が取材に訪れた2022年の11月下旬は、平日にも関わらず、下仁田町にある道の駅はかなりの数の観光客で賑わっていた。
この状況下にあって、下仁田ネギを栽培する農家も増えている。下仁田地区のみならず、群馬県、いや日本中で作られるようになってきている。「下仁田ネギ」というのは品種名。そのため、違う土地で栽培したとしても、下仁田ネギと名乗り、販売することができるからだ。
「今、市場に出回っている下仁田ネギは、下仁田町以外で栽培された群馬産のものがメインです」
こう話すのは、下仁田町で下仁田ネギを栽培する小金沢章文だ。さらに続ける。
「本来の下仁田ネギではない。私はそう感じます――」
下仁田の地で、下仁田ネギの栽培が始まったのは江戸時代。その味が評判を呼び、将軍や諸大名に献上されるようになっていった。明治に入り、万国文化交歓文明輸入博覧会に出品されると大きな評判となり、昭和に入ると、皇室への献上も実現。その間、品種改良にも力を注ぎ、食味の向上に努めた。こうして名産品としての評価はどんどん高まっていった。
「ネギのルーツは、モンゴルや中国北西部なんですが、下仁田町は、そこの気候に似ているんですよ。冬季は寒いですが、雪はあまり降らなくて乾燥している。寒冷地砂漠なんです。そして11~12月にかけて、霜が数回降りる。ネギの甘みを高めるには、この霜に当てる必要があるんです。同じ群馬県でも、下仁田町より東の平地に行くと、寒さが足りずに、霜が降りない。そのため甘みが出ないんです」
小金沢は「下仁田葱の会」に加入している。2001年に発足した会で、現在70軒ほどの農家が会員になっている。この会は、誰もが加入できるわけではない。条件の一つは「下仁田町内で栽培する」である。さらに、もう一つ大きな条件がある。「本植を必ず行う」というものだ。

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