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江刺の稲

高齢感染者の至れり尽くせり

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第320回 2023年03月02日

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征矢氏が就農してすぐの昭和32年に日本に初めて輸入された5台のフォード32馬力を征矢氏は徳太郎氏を説得して導入。勝部農場が12.5haに麦、小豆、大豆や種採り用のサヤエンドウなどを作っている時代だった。当時の農業関係者たちはこぞって個人でトラクターを導入することを経営的に見合わないと評していたが、征矢氏は寝る間を惜しんで賃耕して回った。誰も持っていないトラクター。トラクターなら馬耕より深耕が可能で、増産の時代に誰もが征矢氏に賃耕を頼んだ。そして翌年、52馬力のフォードを導入し、麦のドリルも買った。さらに、アメリカからカタログを取り寄せ、それを参考に鍛冶屋に泊まり込み、畝切り、施肥、土壌混和、溝切り、播種、覆土、鎮圧の7工程を時速4kmで処理する5条のコーンプランターを作った。その仕事量は7工程で5条だから、それだけで35人分。作業速度を考えれば70人分以上の仕事をする。この体験が征矢氏を麦の単作経営へと導いた。あれほど高収益の作物を作ってきた勝部農場は反収を高めることより投下労働時間当たりの収益こそが儲かることに気づいたからだ。
今のような補助金や交付金などない。それでも、否それであればこそ勝部農場のイノベーションはあったのだ。
現在、各地の若い農業経営者たちによるすばらしい取り組みがあることを知っている。そんな経営者たちこそ勝部農場の来し方を見習ってほしい。
その道を指し示す指導者などいない。むしろ、訳知り顔の識者たちの陰口を聞き流しながら、時代の変化とマーケット、そして人々の暮らしを見つめながら誰も考えない未来を切り拓く。それが本物のイノベーターなのだ。やがて今のような水田に対する交付金など期待できなくなる。行け!経営者たちよ。

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