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北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

ブルーアイ たくさんいましたよー(1)



日本人農場主を訪ねて

約束の時間に「ムライ・ウルフ・ファーム」に到着した。倉庫の前にオーナーの東京・大井町出身の村井誠一さんがいた。ちょうど倉庫ではケースコンバインの整備をやっていた。たった1本のボルト交換なのに数日かけての根気のいる作業中だった。
もう一台の予備のコンバインの整備はバッチリだ。作業の中心は息子さんの“けんたろう”さんだ。
彼は10年前に私の地元・長沼の隣町の岩見沢で英語補助教員を2年間やっていたという。ハーフで、青い目をしたイケメンだ。「彼女何人いる?」って日本語で聞いたら「えへへっ」だってさ。
農場は4000エーカー(1600ha)で、農地価格は4000ドル/エーカー(135万円/ha)になる。スプレーヤー作業は、播種時の除草剤と春の除草剤、穂が出てからの殺菌剤が1回の計3回、自走式スプレーヤーで行なう。麦栽培は昨今の事情でとても良いそうだ。「麦の連作、したいですよね? チチンプイプイの魔法のクスリありますよ」って伝えたら、「スプレーヤー作業をもう一回増やしたらコスト倒れになってしまう」とのシビアな答えがあった。
地形は美瑛みたいになだらかな丘が連なった風景が広がっている。太古の昔に土が西から運ばれて現在の地形になったそうだ。
夕食は奥さんのジェシカさんと4人でモスコーの町でインド料理を食べた。ウエイトレスが「y'all」と南部なまりで返事をしたので、村井さんが「こいつ大丈夫か? テキサス出身の学生だな」となった。日本では理解してもらえないが、北の人間からすると南の人は……の評価になる。どう理解してもらっても構わないが、それが世界の常識だ。
食事のときにジェシカさんがロウソクに火をつけてとおっしゃるので、お二人の馴れ初めを聞いた。村井さんが学生だった時は「安保ハンターイ!」を国会前でやったり、安田講堂もひどかったと話していた。ご本人曰く、大学には3年くらいしか行っていないとか。卒業後〇立造船に就職。30歳くらいの時に、会社が今後は英語が重要になるとのことで、派遣された英語教師が今の奥様になる。愛が芽生えたんですね。
私は安田講堂と聞いた時と、あの風貌からただ者ではない雰囲気が伝わってきたのですぐわかったが、食事中にL君が「ご出身大学はどちらですか?」と聞いた。村井さんは静かに答えた。「東京大学です」。(つづく)

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