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北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

ブルーアイ たくさんいましたよー(2)

長い沈黙を破り、4年ぶりに本年2月1日にアメリカツアーが再開できた。 朗報も入った。2022年にはアメリカやヨーロッパではマスクフリーになったという情報を受けて、夏過ぎにはスケジュール調整を始めた。
問題は、本誌の協力を得て車の運転と聞き取り係の募集をしたが応募がなかったことだ。こんなんだったら、ソフト・オン・デマンドの素人AV撮影があるって募集したほうが集まったか。
ゼロはゼロなので作戦を変えた。バイトに来ているTOEIC800以上で学力十分の北海道大学を卒業する学生数名に声をかけた。イングリッシュは話せなくても良い、聞いたことを日本語にするだけで良いという条件だ。みんな興味を持ってくれたが、微妙に授業が残っていたり卒論発表などでタイミングが合わなかったりで、参加希望者はいなかった。
まっ、私がすべて一人でやれば済むことなのだが、じゃー世の中一人いれば良いじゃないか、ってことでもありますよね。そこで救いの手を差し伸べてくれたのが北海道S農場のL君だ(ご両親の希望で匿名になります)。L君はアメリカ生まれで3歳からインターナショナル・スクールに通い、現在は授業の90%をイングリッシュで学ぶ大学生だ。
前月号でアイダホ州モスコーのムライ・ウルフ・ファームを訪れたことを書いた。村井さんが東京大学の学生だった1969年に東大安田講堂が学生に占拠される事件があった。この左翼学生たちは国会前でも大規模なデモを行ない、当時の日本の反戦運動、反米運動を象徴する時代だった。

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