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【江刺の稲】
江刺の稲を育てるために
- 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
- 第1回 1993年05月01日
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「江刺しの稲」というものを見た。昨年の九月、石川県小松市の水田でのことだ。江刺しの「江」は小川あるいは水路のこと、そして「刺し」は文字通り稲を「刺す」田植えのことで、畦の外側にある用排水路に田植えされた稲のことである。それを見だのは一枚の区画が三a程の小さな水田だった。約一m幅ほどの水路に稲は二条に植えられており、畦側一条分に自分の稲を植えるのだそうだ。
かつて、水路に植えた稲は年貢や小作料の対象とはならず、取れた米は作った人のものになったのだという。どこの農村にもあったであろう「江刺しの稲」も、今や水路がコンクリートになり、またそんな手間のかかる作業をする人もいなくなり、いつの間にか目に触れることもなくなってしまったのだろう。
こんな話を持ち出すのは雑学をひけらかすためではない。「江刺しの稲」の姿が畦の内側に植えられた稲と比べて余りにも立派であったからなのだ。
植えてあったのは収穫一週間前のコシヒカリだった。畦の内側の稲では分けつが二〇本前後、穂の粒数が一一〇粒くらいなのに対して、江刺しの稲では分けつが三〇本以上あり、粒数も一四〇粒くらいもあるのだ。すでに収穫の終わっている加賀ヒカリの株を引き抜いてみると、付いてくる土の塊が断然大きく、根の勢いの違いを感じる。
かつて、水路に植えた稲は年貢や小作料の対象とはならず、取れた米は作った人のものになったのだという。どこの農村にもあったであろう「江刺しの稲」も、今や水路がコンクリートになり、またそんな手間のかかる作業をする人もいなくなり、いつの間にか目に触れることもなくなってしまったのだろう。
こんな話を持ち出すのは雑学をひけらかすためではない。「江刺しの稲」の姿が畦の内側に植えられた稲と比べて余りにも立派であったからなのだ。
植えてあったのは収穫一週間前のコシヒカリだった。畦の内側の稲では分けつが二〇本前後、穂の粒数が一一〇粒くらいなのに対して、江刺しの稲では分けつが三〇本以上あり、粒数も一四〇粒くらいもあるのだ。すでに収穫の終わっている加賀ヒカリの株を引き抜いてみると、付いてくる土の塊が断然大きく、根の勢いの違いを感じる。
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昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
江刺の稲
「江刺の稲」とは、用排水路に手刺しされ、そのまま育った稲。全く管理されていないこの稲が、手をかけて育てた畦の内側の稲より立派な成長を見せている。「江刺の稲」の存在は、我々に何を教えるのか。土と自然の不思議から農業と経営の可能性を考えたい。
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