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耕すということ

人はなぜ耕してきたのか

 一般産業が発達し、化学肥料や農薬が使えるようになると、科学ですべてカバーできるとばかりに真面目な耕起論はどこかに消えて、ロータリー・ティラーによる浅耕・撹土耕に終始するようになってしまった。

 さて、現在に至ってカエルの声も少なくなり、生態系に影響がでているとか、地下水汚染が話題になるなど、化学一辺倒の農法に対する反省期を迎えている。何よりも安全・安心の食糧生産のうえからも、今のままではよいことにはならないと考え始めている。

 化学合成物質の多用は「過ぎたるは及ばざるか如し」なのである。自然体であることが長く生きる道であるとすれば、耕すことを改めて考えてみよう。

 今、文化圏に住んでいると自負していても、化学合成物質に依存するあまり自滅してしまったとしたら、恥ずかしいことである。インドネシアの部落の人たちだけが生き残っていたとしたら、何か文化であろうか。

 持続的農業を営むために、基本的に自然に忠実であることが重要である。土地のもつ潜在能力をフルに活用するために、深耕・反転すき込み耕にまず心がけ、その際に収奪したものを補填することである。また時に、土地に能力を付加するために、客土するなど必要最小限の人為的手当てをすることもあろう。


文明と農業


 文明盛衰の歴史を考えてみよう。耕起用具の発達がその国を支え、そして土壌に対する手当て不足がその国を衰退させてきたことは紛れもない事実である。

 インダス川流域に栄えた古代インド。かつてはインド犂が最も優れていて、インド文化を支えていたといわれる。これが中国やヨーロッパに大きな影響を与えて、和犂や洋犂に発展してきているが、歴史に残るのは、ローマ全盛期に開発されたローマンプラウであろう。我われが洋犂と呼んでいるボトムプラウの原型は、ここで形を整えたとみられている。

 しかし、かつての文明国、メソポタミア、エジプト、ギリシャ、ローマなどには昔の勢力は見られない。これは、畑作は稲作と違って地力収奪型であったためと考えてよいであろう。土地の生産性が低くなれば、文化もまた必然的に衰退するのである。

 やがて新しい文化はヨーロッパに移る。ここで人びとは歴史の盛衰の経験から、二圃式、三圃式などの地力保全輪作技術などを工夫する。いわゆる、近代農業の始まりであるが、ヨーロッパの文化は、この豊かな農業によって支えられているといって過言ではない。

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