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「お客様」との出会い
そんな思いの中で始めた焼イモ屋だった。それも現金を手に入れたかったからだった。しかし、その焼イモ屋の仕事が彼を変えた。
つい三年前までは、とにかく面積を広げればよい、畑の回転率を上げ、相場の良い時に出荷できればもうかるのだと考えていた。しかし、その結果は仕事を忙しくしたり畑を酷使するだけだった。それは「経営」ではなく相場に振り回されてるだけの「バクチ」だったというのだ。
当時の池田さんの経営では、相場次第では春キャベツの収入が入ってくるまでにサツマの稼ぎを食いつぷしてしまうという危険があった。それでは投資もできない状態だった。
焼イモ屋といっても自分の家の脇で人通りもそれほど多いわけではない。幾らで売ったらよいのかも分からなかった。
そして、初めてのお客さんに恐る恐る
「一kg七〇〇円です…」
すると、お客さんは想像に反して、
「そんなに安いの?」
といった。
池田さんは無性にうれしかった。イモで売れば一五〇円のものが七〇〇円になったこともあったが、それ以上に、
「ありがとう」
と言われたことに、ほとんど感動に近いうれしさを感じた。
「その言葉に何かを教えられたし、自分の口から自然に出てきた『ありがとうございます』という言葉によっても私の中の何かが変わっていくのを感じた」
という。
「その時初めて自分の作物を買ってくれる人がいることを実感した。そしたらその人を“消費者”なんて言葉では呼べない。“お客様”ですよ。同時にその人たちへの“ありがたみ”に気づいたとき、自分はそれまで土があるから作物が育つんだということをまともに考えてこなかったことを気づいた。そしてそこにうまくいかない原因があった」
というのだ。
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昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
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