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経営に女性あり

経営を築く女へと成長させた農業への知的興味

 二年目の修了式では、知子さんは初めて大勢の前で謝辞を述べた。続く平成元年からは新婦人農業大学で農業簿記などを学び、さらに学びたい人だちと「飛翔会」を作った。年に二、三度の勉強会だが、知子さんは会長をつとめている。

 そして、平成二年には、茨城県で初めて誕生した婦人農業士の認定を受けた。県でわずか三〇人、知子さんの住む地区では、四市町村で彼女一人だけである。

 「農業士になれた時、やっぱり農業やってきてよかったなと思いましたね。なりたくてなれるものじゃない。推薦ですから。いままでやってきたことが認められた、嫁いだことに悔いはないと思いました」

 フランス、スイス、ドイツ、オランダと、農業士としてのヨーロッパ研修旅行で視野はさらに広がった。と同時に、農業へのかかわりも、より自立したものへと変わっていった。


仲間たちの先頭に立って


 婦人農業大学で農業機械士の資格があることを知った知子さんは、仲間八人と大型トラクタ免許の取得に挑戦、県立農業大学校で一〇日間の研修を受け、農業機械士二級の試験に合格した。

 「夫が将棋の王なら、私は歩にすぎず、機械はすべて夫の操作」だった労働は一変した。三五馬力のトラクタをけじめ、コンバイン、田植機など一〇種類を上回る農業機械も「やる気になれば全部できます」というほどになった。

 それまで、苗運びや肥料運びなど補助作業ばかりだった夫との作業分担も変わった。夫がサツマイモのツタ切機を使えば、知子さんはトラクタでイモの掘り起こしをするという具合に。

 「いまの方が楽になったね。自分でやった方が効率はいいけど、外出した時や忙しい時、二人ができれば、仕事も遅れないし、体力的にも精神的にもゆとりができた」

 と、夫の幸夫さんは言う。

 いつの間にか、旧態依然のような“いい嫁″から脱皮していた。

 「どうせ農家に嫁いだからには、男のやることは女がやってもいいと思って。男だから、女だからという意識はないですね。農家の父ちゃんと母ちゃんの力、これからは等しくなるんじゃないかしら」

 新しい環境が知子さんを育て、また、それを周囲から認められることで、樹が太るように、知子さんは自信を深めていった。

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