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農業経営者ルポ

「算盤でなく夢があるから経営は面白いのだ」

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第6回 1994年06月01日

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異業種巻き込んで 赤米、紫米を育てる


 実は、僕たちがお邪魔したその日の夜には、近藤さんが進めている赤米の栽培と商品化のために、石川県や名古屋市からの人も含めて赤米の試食会が開かれた。農家、普及員、市会議員、幼なじみで近藤さんにプラウの価値を伝えた農機屋の花井さんもいる。立場は違うが、皆、近藤さんが見込んでいる仲間だ。僕と同行したスガノの黒川さんの他に、同社の石垣名古屋営業所所長も遅くなって現われた。お客だからでも取引先だからでもない。近藤さんの仕込みである。

 石川県の小松からきた橋崎さんと近藤さんの付き合いは、今年二月に本誌が土浦市で開いた「田づくり勉強会」の時以来のものだ。僕の知らぬ間に参加企業である(株)アラヤの営業マン橋崎さんを自分の仲間に引き込んでいた。聞けば彼は隣町の出身。その関係から橋崎さんの高校時代の友人で名古屋市のお米屋である桐生さんをも仲間に入った。彼を巻き込み、中国の友人からもらった赤米、紫米の流通に目途を付けた。桐生さんが、結婚式場に赤米を使った赤飯の話を持ち込んだのだ。昨年からの栽培で、まだ種を採る段階である。また地元には、やはり近藤さんに乗せられたお寿司屋の女将である大参さんが、赤米を使った料理の試作を面白がっている。

 さらに桐生さんは、今年の春、名古屋市内の自分のお客さんを近藤さんの田に呼び込み、皆で田植えをした。もうすぐ草取りをしにくる。若いお米屋の桐生さんにとって近藤さんは稲作の先生であるとともに一緒に商売を面白がれる人生の先輩と感じている。近藤さんにとっても若いビジネスマンとしての彼らの行動力は、単なる実利だけでなく、すがすがしいものに映っているようだ。

 近藤さんの飲ミニケーションの才能は、それぞれの職業的立場を一歩踏み越えた関係を作り出す。目先の損得を考えることもない。他人のためであり、やがてそれは己れにも返ってくるのだ。

 近藤さんはニワトリの研究のために、最近、八万羽の養鶏場を見にいった。何円、何銭の世界を競う経営だ。大投資をして、しかもそこでは人の方がニワトリに使われているような気がした。こんなこと自分にはできないと、近藤さんは思ったと言う。

 「でも、やり方はあるはず。一個五〇円、一日三〇〇〇個出荷位の方法が。飼い方だけでなく、買ってくれる人を探してくることを含めて考えれば…。それが経営者の仕事」だと近藤さんは言う。さらに。

 「稲作なんかにしても、死ぬ思いして規模拡大したり、無農薬米つくりだなんていって、汗みどろになって苦労するなんておかしい。ワシャ倍もらってもイヤだ。ただ上に向かって下向いて草取りばかりしとらんで、周り見回してみればよい。農家以外のひとは、もっと別なことで農業にかかわって金払ってもよいと言っているんじゃなかろうか。そんな人巻き込んで、面白がってできる仕事が作れたら良いと思ってる」

 「夢みたいなこと言って、て言われるかもしれないが、人は先に電卓叩くから見えてこないのじゃないか。あらかじめに電卓を叩いてできるほど約束された仕事なんてあるはずもない。あっても、そんな役人にでもできるようなことやって面白いのか。喰わせて貰うんじゃなく喰えにゃいかんし、喰わさにゃいかん。そんなこと当たり前だ。でも、喰うため、金だけが目的だとしたら、借金して汗水たらして慟くなんて哀しいナ。やっぱり『夢』じゃないのか。思い通りにいくかどうかは分からない。それでも、小なりとも経営者であることの面白味というのは、算盤では勘定のきかぬ人生のロマンにかけられるからじゃないのか」と近藤さんらしからぬ言葉に照れながらも、自信のある顔をして笑った。

 規模の大きさ、特殊な技術、売上規模など「経営者」をはかる尺度はいろいろあろうが、近藤さんを見ているとやはり経営とは「人」が作るものであり、今後、農業経営はますます精農、篤農の時代から経営者の時代になっていくだろうと思った。

(昆 吉則)

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