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新・農業経営者ルポ

“しがらみ”を越えて農と食を結ぶ

  • (株)ファーマーズ・フォレスト 代表取締役社長 松本謙
  • 第67回 2009年12月01日

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 その後、松本は営業部門での仕事に後ろ髪を引かれるような思いを残しながら、今度は神奈川県の開発拠点に異動を命じられた。そこは入社当時に最初に配属された職場以上に窮屈な現場だった。どうしても営業現場で力を試したかった松本は、日産自動車を退社し、商業施設の管理会社に転職する。転職後、この会社でも、松本はいきなり会社のトップに喧嘩を売るような進言をした。

 「これからは提案営業の時代です。客に対してコンサルティングをしながら、成果を出す仕事をしたい」

 有言実行で結果を出そうとする“松本流の仕事術”は、さらに磨きがかかっていく。個人プレーではなく、関係者を巻き込んで新たな企画を仕掛けて、推進していくことの大切さに気が付いたのだ。

 営業系の施設管理会社からコンサルティング系の会社へと変革するため、猛勉強しながら企画書を書く毎日が始まった。やがて、さいたま新都心や六本木ヒルズの運営コンペにも参加し仕事を受注。複数の企業が共同で管理を受注し施工するための組織、ジョイントベンチャーの代表を務め、地域社会に入り込んで温泉等の再生事業にも進出していった。

次々とプロジェクトを成功させて頭角を現した松本は、4年後に役員にまで上りつめた。

消費者目線は理解されず

 そんな時、ろまんちっく村の事業再生の話が舞い込んできた。当時の新聞記事によれば、1997年からの7年間の年間入場者数は120万人を維持していたが、徐々に減少し、2005年には90万人代、さらに06年度には89万人にまでに落ち込んだ。そのため、宇都宮市は、同村再活性化のため指定管理者制度を導入することを決めた経緯があったという。

 松本は早速、「スローライフ」をキーワードにして企画書を作り、農と食をつなぐエンターテイメントを実現しようとコンペに参加、見事に採用となる。2007年に事業の受皿となる新会社・1ファーマーズ・フォレストを設立し(第三セクターは解散)、松本の事業再生が始まった。従業員100名はそのまま引継ぎ、生産者を含めて総勢400名の前でまずこう宣言した。

 「楽しくやりましょう。皆さんの生活は私が保証します。ただそのためにこれまでのしがらみは全てリセットします」

 松本は最初、各施設の実態を確認すると、レストラン業務など施設のほとんどが外部業者に委託されており、高コスト体質に陥っていることに気付いた。そのため、事業の直営化をすることに決めた。

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