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農業生産において人の知恵で果たせることとは一割にも及ばず、農業生産の恵みとはその9割は天(自然や風土)の恵みだ。しかし、多くの農家はその1割にも過ぎぬ人の知恵や技をないがしろにしてはいないだろうか。そもそも農家とは「生産者」というより「お天道様の消費者」であることを自覚すべきだ。
本誌は、現代の農業という仕事が、ままにならない「お天道様」と「お客様(市場社会)」を両にらみにして、最適な対応ができる農業経営者こそが生き残れるのだと言ってきた。昨年の東北北海道のような異常気象の年に人々はそれに気がつくのだ。
そんな天候不良の年でも平年と変わらぬ、あるいはそれに準じた収量を上げている人がいる。以前も書いたが、北海道栗山町の勝部征也氏は昨年も130haの平均で小麦を10俵取っている。それだけでなく、栗山町だけでなく周辺4カ町村で一等の品質だったのは勝部氏一人なのである。勝部氏はいう。
「これは天災ではなく人災だよ」
40年以上も麦の連作を続けてきた勝部氏はそれを可能にするために、150haの圃場に大きいものでは直径1mもの暗渠を張り巡らし、圃場の各所に表面排水が可能なようにマンホールの口を開けてある。しかも、土壌を傷めないように使うトラクタはクローラトラクタのチャレンジャーかダブルタイヤを履かせたもの。さらに、数年に一度は1mにも及ぶ超深耕を行う。砕土・整地の作業機も自ら海外メーカーから取り寄せるなど北海道の畑作技術をリードする技術導入をしてきた。それらは全て日本という湿潤な条件の中で麦という畑作物を作るためである。そして、限られた播種や収穫の作業をこなすために、播種床造成のためのトラクタや作業機類はもとよりコンバインにいたっては10台以上も用意して作業にあたる。勝部氏の収量や品質はその結果なのである。
そんな勝部氏を人は過剰投資だというが、昨年も平年作で、昨年だけでなく同地域では間違いなく収益の高い経営を実現しているのである。
“土地利用型経営”と呼ぶと勝部氏は怒る。自分の経営を“土地管理型経営”だと称し、そして「どんな条件下でも安定した作物生産をし、その利益で農地を改良していくことが、国民あるいは国から農地を預かっている農業者の責務だ」と言う。
自らの農業生産技術の高さを得々と自慢する農家がいる。より高い生産をするために技術改良に取り組むことは事業者としては当然だ。優れた農業経営者に共通することは、その技術内容はまったく異なっているように見えても、その与えられた条件(お天道様)に対して農業者として何をせねばならないかという点に関しては驚くほど共通している。そして、それは農業だろうが他の事業であろうとも変わりは無い。
思い通りにならないからこそ備えるのが経営なのである。しかし、農業界の場合、政策がどうの、天候がどうのなどと、事業経営者たる農業経営者自身の甘えが強すぎるのではあるまいか。農業以外に職業選択できなかった人々の暮らしだった時代の政策や論理が、相変わらずまかり通っている。本誌でも戸別所得補償などの政策問題を取り上げているが、読者の方々は、農業事業者とは何かを追い求めていただきたい。
現代という時代であればこそ、農業経営者は自らを、農産物の生産者であるという認識を改めるべきである。人は誰もがお天道様の消費者だ。農業経営者は、最も効率的・経済的に、豊かに、楽しく、永続性のある形で人々にその恵みを引き出す「お天道様の購買代理店」なのだから。
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昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
江刺の稲
「江刺の稲」とは、用排水路に手刺しされ、そのまま育った稲。全く管理されていないこの稲が、手をかけて育てた畦の内側の稲より立派な成長を見せている。「江刺の稲」の存在は、我々に何を教えるのか。土と自然の不思議から農業と経営の可能性を考えたい。
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