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新・農業経営者ルポ

白馬村の革命児

自社ブランド米「白馬そだち」を生む水稲が45ha、寒暖差を利用したソバが55ha、観光マーケットを狙ったブルーベリー農園が1ha。農業法人@ティーエムの耕作地は、長野県でもトップクラスの面積を誇る。底冷えする寒さのなかで、エネルギッシュに動く姿があちこちで目を引く。平均年齢30歳という若いスタッフ陣だ。白馬村の革命児は、彼らの将来に何を見つめるのか。 取材・文/李春成 撮影/長谷川竜生

 冷たい雨粒が、淀んだ空から断続的に落ちてくる。カメラマン泣かせの、グズついた天気だった。白馬の稜線を遠くに見やりながら、社長の津滝俊幸が呟く。「雪が降ってるよ……」。尾根を覆い隠す雲の様子で、頂上付近の天候がわかるらしい。

 それにしても暦は5月の連休をとっくに過ぎている。「この時期に雪なんて、聞いたことがないですね」。前日は土砂降りの雨にたたられた。カッパを着込んでの作業は、ただでさえ動きを縛られる。足をとられてケガするぐらいだったら、ほかの作業をすればよい。パック詰めにした商品のラベル貼りなど、農作業以外の仕事はいくらでもある。今年は、知恵を絞って製品化したブルーベリーの新商品が6品目もあるのだ。

 津滝座長のもと、朝8時半からのミーティングで段取りを決め、スタッフそれぞれが三々五々に散る。農業は天候との相談がつきものだ。だが、彼らの動きに無駄はなかった。

 システムを作っても、機能しなければ意味がない。「会社」という箱の中に「システム」を作り、座長がその「動力源」となる。そうした組織を、津滝は10年かけて築き上げた。04年に法人化した「TM」の「M」はその後、経営方針が合わずに袂を分かった相方のイニシャルだ。翌年から「しろうま農場」という冠を社名に加え、新たなスタートを切った。「いまのMはマネージメントのMですよ」と、彼は笑う。


生産よりも「販売」重視

 軽バンのハンドルを握りながら、「農業もビジネスですから」と津滝は言い切る。人によってはドライな響きに聞こえるが、バックミラーが映し出した彼の目尻は、豊穣の神・大黒天のように下がっていた。笑顔は力なり。彼は、笑みを常に絶やさずに語り上げる。

 「ボクみたいな考え方で農業をやってる人は、ほかにはいないと思いますよ。大方の人は作ることばかりに目を向けますが、ボクは売ることにこだわってますから。飛び抜けて美味い米を作って100%売ったとしても、それは販売が前提にあったわけじゃありません。もちろん作物の中味は大事ですけど、買ってくれるものを作らないと意味がない。べつに、超一級品じゃなくてもいいんです。買ってくれる人がいて、そこで初めてボクらは作るんです」

 十数年前、やむなく実家へ戻った彼は、「冬の宿と夏の農業で食っていければいい」程度の、ごく軽い気持ちで家業を継ぐつもりだった。しかし会社員時代、最も長く身を置いた流通マンとしての血が騒ぎ出すまでに、それほど長い時間はかからなかった。酒米がそのきっかけを作った。農協に卸した酒米が、最終的にどこへ行き着くのか。そんな単純な疑問を農協の職員に尋ねたところ、足取りは、大町市にある搗精工場で止まってしまった。そこから先の所在が、とんと不明だ。自分たちが作ったものを誰が買ってくれたのか、どんな酒に生まれ変わったのか、まったくの五里霧中だった。

 「おもしろくねぇなって思いましたよね。だって逆に、こういうものを食べたいから、こういうものを作って欲しいっていうニーズもあるわけでしょう。ボクはユーザーが欲しがってるものを作りたい。それが、ボクのビジネスの考え方です」

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