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江刺の稲

口蹄疫と比内地鶏管理の県行政

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第171回 2010年05月31日

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非常事態宣言の発令された宮崎県での口蹄疫まん延。単に同県畜産界や地域経済のみならず日本の和牛産業を脅かすような大被害に発展している。まず何よりも、丹精込めて育てて来た家畜を健康なものまで殺処分にせねばならない当該地区の畜産経営者の方々に心よりお見舞い申し上げます。
「パンデミック(伝染病の世界的大流行)」という言葉とともに、新型インフルエンザの流行時、マスクが薬局からなくなるほどの大騒ぎまでしたのに、人々はそれをもう忘れてしまったようだ。幸いにも今回の新型インフルエンザによる症状のレベルが比較的軽かった。しかし、どんなに科学が進んだとしても、我々の命や社会は常に自然の脅威に晒されているということを忘れてしまう。

現代のような科学技術や医学、情報手段がなかった時代には、様々な自然災害や流行り病に多くの人々が亡くなっていった。それを防ぐ手立てもなく人々は神仏にすがるほかはなかった時代もあったのだ。僕の子供時代だって結核は珍しくなく死の病だったし、日本脳炎、小児麻痺などの病気に苦しんでいた。科学や医学の進化の恩恵を我々はもっと自覚すべきだ。

そして、そうした医学の進歩とともに防疫や災害予察技術に加えて“リスク管理”という科学的思考方法を持ちえていることを思い起こしてほしい。絶対の安全などというものはどこにもない。我々は起こりえる様々なリスクを排除するためにテストを重ね、さらに歴史や経験を科学的に検証しながら社会のリスクを最小化する手立てを選ぶ社会に生きている。

ところが、現代人は異常なほどの潔癖症と“自然”と名がつけばそれはすべて人間に善きものを与えるものだという幻想を同時に持っている。しかし、その人々の“自然”志向とは現代科学の進歩がなしえた成果の結果与えられている“安心”の下でこその幻想であることを忘れている。同時に、似非科学を振りまきながら人々を不安に陥れながら自らの居場所を得る営業的運動家も存在するのだから始末が悪い。彼らが問題にする農薬や遺伝子組み換え技術などは、むしろ最も高いレベルでリスク管理がなされているものである。

しかし、ここで問題にしたいのは、今回の口蹄疫被害は、行政そして畜産農家自身のリスク管理意識の欠如によって被害が拡大したものだと言わざるを得ないことだ。そして、さらに申し上げたいことがある。それは、これまでも度々各地で起こっている鳥インフルエンザの被害に関して、秋田県の行政が、同地の銘柄食材である比内地鶏について、平飼い(放し飼い)にしたものでなければ「比内地鶏」の名称を使わせないとしていることだ。

本誌08年8月号の経営者ルポで紹介した(有)秋田高原フードは鳥インフルエンザへの罹患を予防し、同時に食味向上のために平飼いを止めケージ飼いとしている。それゆえに比内地鶏の名称を表示できないのだ。すでに十和田湖には鳥インフルエンザで死んだ白鳥が見つかっている。カモは罹患しても発症しないそうだが、カモが放し飼いにした地鶏の上で糞をしたら、それが感染の原因とはならないだろうか。比内地鶏は北秋田市周辺の極めて狭いエリアで飼育されているものである。一度その感染が確認されれば、もうその食文化は消えてしまうかもしれない。口蹄疫騒ぎの中で本誌ホームページ上で 08年8月号を再度お読みいただければと思う。

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