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北海道長沼発ヒール・ミヤイの憎まれ口通信

五月の空そして八月の空

あーまたやっちゃった。5月の連休は2日間休んで昨年と同じく4人乗りセスナ172スカイホークで本州の新潟飛行場に向かった。機長席に私、コーパイ(副操縦士)席に札幌の整備工場経営者、後ろには教官2名が乗り、札幌(丘珠)飛行場を出発した。函館の北にあるトヨタ所有の鹿部飛行場で教官一人が降り、離陸後、函館上空を飛行して、15分後には日本領土を離れ公海上の津軽海峡を越え再び日本領土に入り、青森県むつ市に向かった、あのウクライナで名を馳せた木村愼一さんの作業場の写真を対地500フィートから撮った。その後、昨年着陸した山形県・庄内飛行場を通過して新潟までの総飛行時間4時間30分のフライトを無事終了する、はずであった。

“真っ白闇”の雪雲の中で九死に一生を得た私

 あーまたやっちゃった。5月の連休は2日間休んで昨年と同じく4人乗りセスナ172スカイホークで本州の新潟飛行場に向かった。機長席に私、コーパイ(副操縦士)席に札幌の整備工場経営者、後ろには教官2名が乗り、札幌(丘珠)飛行場を出発した。函館の北にあるトヨタ所有の鹿部飛行場で教官一人が降り、離陸後、函館上空を飛行して、15分後には日本領土を離れ公海上の津軽海峡を越え再び日本領土に入り、青森県むつ市に向かった、あのウクライナで名を馳せた木村愼一さんの作業場の写真を対地500フィートから撮った。その後、昨年着陸した山形県・庄内飛行場を通過して新潟までの総飛行時間4時間30分のフライトを無事終了する、はずであった。

 しかし現実は違っていた。昨年は庄内飛行場の20マイル北東にある標高7000フィート近くある鳥海山の東側を飛び、春スキーを楽しむ人達を見て、東北のみならず、日本の余裕ある姿を見せつけられた。その出羽富士と呼ばれるくらい、とてもきれいで堂々とした御姿を本年も見ることができるのだろうと思っていた矢先、スーッと吸い込まれるように雪雲に入ってしまった。

 青森から南に向かう飛行はコーパイの方が操縦して新潟に向かい、ウエザーはDZ(霧雨)で視程はVFR(有視界飛行)ぎりぎりだったが、垂直方向ははっきりと確認でき、VOR(計器)を使い、それほど危機感を感じていなかった。クラブと会社の規則では出発地と違う飛行場に着陸する場合は必ずセイフティーのために教官の同乗が決まっている。ありがたいことに教官は青森から完ぺきに爆睡状態で、後席から口うるさく指示されることもなかった。

 私は下を向いてナビゲーション用の航空地図を見ながら、時には計器が示す進路と自機ポジションを確認する補佐役に徹していた。ずーとこのままの状態だろうと思ったのが間違いだった。目の前が真っ白になった。360度、白いカーテンの中にいる様なものである。その瞬間、機体が上下左右に傾き始めた。その瞬間“I have control!”をコールして私が操縦をすることになった。飛行時間、計器飛行経験から私が操縦した方がよいと考え、ためらわずに「自分がやります!」とコールした方が安全・安心なのだ。

 機体の傾きは自分の感覚や外の景色を見なくても計器を見て信じれば水平は維持できる。さすがに上下左右に傾いたことが数秒でも続けば、爆睡していたはずの教官が操縦席を覗き込むことになる。

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