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新・農業経営者ルポ

大規模経営を通して、地域と世代間の共生を図る


 しかし、増える作業をこなすには機械の導入による効率化は不可欠だった。1987年には作業所を新築し、乾燥機をはじめ様々な農業機械を導入した。

 「設備投資を過剰投資という人もいます。でも、投資を上回る収入を得られる見通しがあったから設備を導入したわけで、決して過剰投資とは思いません。地域の人の中には、共同で作業所をつくって作業受託をしたいという人もいましたが、その動機を聞いてみると、『早く出稼ぎに行けるから』というのです。それは私の考えとは違う。出稼ぎではなく、設備を収入に結びつけるような仕組みを工夫すべきだと私は思います」

 以前、出稼ぎに行く父を持つ子どもの作文を読んだことが境谷には忘れられない。それは1年目は出稼ぎに行く父親を送るのが寂しくてたまらなかったのに、5~6年もすると慣れてしまった、という内容だった。出稼ぎが悪いわけではないが、残された家族が寂しさに慣れてしまうようなことは、よくない。境谷の父がそうしてきたように、農業一本でメシを食おうと努力するのは、そのためでもある。


農場の法人化と外国製大型機械の導入

 境谷が父の姿を見て自然に就農の道を選んだように、境谷の二人の息子もごく自然に就農を選んだ。境谷自身は息子に是が非でも継いでもらいたいとは考えていなかった。必要なら誰かを雇用すればいいのであって、身内へのこだわりはなかった。

 長男の一智が就農した翌年の1998年、境谷は以前から考えていた法人化を図り、豊心ファームを設立する。労働環境を改善し、決まった給料が月々支払われ、保険なども含めて従業員が働きやすい環境をつくることで、農業をプライドの持てる仕事にするためであった。

 法人化のメリットは様々だった。販売や作業受託の際、相手の信用度は明らかに上がり、新たな受注にも結びついた。加えて役員である家族にも、自分たちは経営者であるという自覚が出てきたことで、農業を経営としてとらえる考え方が育つようになった。

 一智が加わったことで、境谷の目指す規模拡大の路線はさらにダイナミックな発展を遂げる。農業機械が好きだった一智は、同じく青森県出身で現在はウクライナで大豆生産を行なう木村愼一の、大型農機を駆使したスケールの大きな経営スタイルに関心があった。実際に木村とともにヨーロッパを訪れ、農機の国際見本市「SIMA」や現地の圃場を見学し、フェントやジョンディアなど外国製のトラクタを積極的に導入した。

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