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特集

眠れる獅子よ、立ち上がれ!東北農業新時代

22年産米の米価はどうなるのか。農水省は8月20日、戸別所得補償モデル対策の加入申請状況等を発表した。うち主食用米の加入面積は、約108万ha。また、過剰作付面積は約1万haに減少、生産量にして約5万t減少するとしている。山田正彦大臣の発言によれば「需給は、22年産については、平年作であれば引き締まるのではないか」と一定の評価を与え、米価下落については心配がないという立場に立っている。だが、どうだろうか。東北地区の有力読者によれば、「おそらく平年並み以上ではないか」という答えが返ってきた。加えて豊作になっても米価維持の目的で実施してきた緊急買い入れはしない方針が決まっている。さらにいえば、政府と民間を合わせた21年産米の在庫量が316万tもあり、22年産米が市場に出回る頃には流通業者は赤字覚悟でコメを叩き売ることは必至である。この事態にあって、コメに依存してきた農業者、特に東北地方の農業者にとっては大打撃を受けるはずである。もっとも、1995年の食管法廃止以降の推移を見れば、予想された事態でもあった。何もしなかったとすれば、厳しいようだが見通しが甘かったと言わざるをえない。だが、「ピンチはチャンスなり」ともいう。要はピンチをピンチとしか感じられないか、それともピンチをチャンスに変える絶好の機会ととらえられるかである。戦後の日本農業を牽引してきた東北地方の農民が、新しい東北農業を開拓する農業経営者と生まれ変わるために何をすべきか。東北地方にありながら新しい時代に対応した経営を築いている農業経営者の実例を交えながら、その可能性を探っていきたい。

東北の農業者よ、ピンチをチャンスに 変える存在はあなた以外にはいない!

 旧来型のコメ依存経営をしてきている農業者にはこのまま進めば危機的状況が待ち受けているが、今までの米価が高かっただけで、マーケットメカニズムが働いているだけの話にすぎない。その困難を見据え、克服するのは農業経営者になろうとするあなた以外に誰がいるのだろうか?


■売れ残っているのは、お客様がついていないコメ

 先述のように、農水省は戸別所得補償モデル導入によって需給が締まるとみており、集荷円滑化対策は行わない方針を決めた。その一方で、22年産米は豊作傾向が見込まれており、農水省も平成23年6月末のコメの在庫量を324万tと予測。本誌は22年産米の米価下落は避けられないと見る(この点について土門剛氏は異なる見方である。詳しくは「土門辛聞」を)。実際、今年6月末の相対取引平均価格(60kg)は1万4120円を記録し、米卸は在庫を削減し、量販店は21年産米を赤字覚悟で売り切ろうと価格競争に出ている。全国のコメ経営者、特にコメに大きく依存してきた東北地方の農業者には大きな打撃を受ける――。この意見は一見正しいように思えるが、表象的な見方に過ぎない。

 「たしかに22年産米の価格は安くはなるという見方は否めない。しかし、スーパーで売られているコメから、付加価値をつけて売っているコメまで一律に安くなるというわけではない。それに、21年産米が売れ残っていると言われているが、そのコメはあくまで全農が集めたコメであって、当社でも扱っている農業経営者のコメはきちんと売れていく。その違いは何かといえば、お客様を向いて作っているか、そうでないか。その違いが大きい」

 こう話すのは、いちかわライスビジネス(株)(東京都町田市)の市川稔社長だ。運営する精米店「米家きゅうさん」では、全国約20地域、約20人の農業経営者と提携し、コメを販売。同店には、「21年産米は売り切れました」と注意書きがされた空っぽのコメびつがあった。世の中にコメが余っていたとしても、買ってくれるお客様がいて、その要求を満たすものでさえあれば、たとえ米価が下落しようとも恐るるに足らず、ということを物語っている。

 市川社長はこう続ける。

 「『米価が、米価が……』と言われるが、そもそも米価という発想自体が本来おかしいのではないか。自分が作った商品の値段を、誰かに決めてもらっている、委ねているということだから。市場への供給量で価格が上下するわけで、相場であるという認識を持たなければいけない」


■相場に左右されるな自分は自分なのだから

 食管法廃止後、東北地方の農業をめぐる環境は大きく変わっていったのにもかかわらず、食管法が目指した米価の幻想が、米処・東北には今なお通用しているような錯覚がないとはいえないのではないか。しかし、現実的には、食管法廃止以降、大手外食・中食業者といった買い手が力を持っている現状がある。単に生産したコメを農協に出荷するという作り方・売り方では、農業者が価格決定権を持つことはおぼつかないのだ。バイイングパワーに抗することができなければ、コメ経営は破綻する。

 「農協に全量出荷して終わりという旧来型のコメ経営にどっぷり浸かっていた東北の農業者は、ここ1~2年でふるいにかけられることになる。たとえかけられても残るにはどうすればいいかというと、自分の作ったコメは商品であると認識をまず持つことだ。そして商品を作ると決めれば、自ずと農業者、農業経営者としての自分が生きる領域、位置づけが決まってくる。『今年の米価は……』とか『業者が……』といった相場や外部環境に左右されるのは、うまく生き抜いていけるうちはいいが、やがて具合が悪くなってしまう。『どうなろうとも自分はこうするのだ』という戦略戦術を決める覚悟があるかどうかだ」(前出・市川社長)

 そしてこうも付け加えた。

 「結局あなたのコメは誰のために作るのかということだ。政治家や役所や農業団体のために作っているのか、それとも食べてもらうお客様のために作るのか。どっちを向くか決めるしかない。

 私は東北の農業者に『自分自身で考えよ、感じよ』と言いたい。自分の殻に閉じこもらず、しかし答えを見つけるには自分に問い返すしかない。農業者が農業経営者になることで、東北農業は新しい時代を開拓することができるはずだ。私は同じ中小規模の事業者としてみなさんにエールを送りたい」




 これまで本誌では一貫して農業界の主役は農業経営者であると主張し続けてきた。東北地方に焦点を当てた本特集でも、その点についてはいささかの変わりはない。そして、もっと多くの農業経営者が農業が主幹産業である東北地方に誕生しなければならないと考える次第である。

 では、次頁以降で旧来型のコメ依存型経営を、東北の農業経営者たちはどのようなイノベーションで克服していったか。乾田直播の事例やマーケットインの志向で商品開発をしていった事例などを紹介する。

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