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特集

「奇跡のリンゴ」は、なぜ売れたのか〜「木村秋則」現象を追う〜


 そんな彼らが農村にやって来たとき、どのような心理状態になるのかを想像してみて欲しい。

 誰しも口々に「緑はいいですね!」「気持ちがいいな!」と快適さを表明するだろう。しかし、実のところ、慣れない場所に来て頭の中は混乱している。もともと田舎出身という人も多いが、もう何年も山や原っぱから離れて暮らしている。だから、圃場、樹木、山の緑に圧倒され、空の広さに驚き、狭く、ときに未舗装の道路に慌て、草いきれと熟していない堆肥の臭いにむせび、まとわりつく虫たちに気を取られている。普段とは別世界に来ていることを五感でめいっぱい感じ取り、興奮状態に陥っているのだ。

 そして、あなたの家の敷地に入った途端、彼らは客となる。その人がたとえ“セレブ”であっても、客となれば主(あるじ)に頭を下げ、客でいる間は主に従う。出されたものは嫌いでも手を付ける。主に了解を取ってトイレの場所を教えてもらうまでは用も足せない。そして、客は主を立て、話にうなずき、世辞も言うのが作法と心得ている。

 つまり、農村のあなたを訪ねるお客は、慣れない環境にちょっとしたパニック状態にある上に、あなたに気を遣って行動、思想、感情に制約がかかった状態にある。

 そんな、なかば“テンパった”状態の客に、あなたはこんな話をするのではないか。「今の都会の人の食生活は間違っている」「おいしいものを食べていない」「本物のトマト(もちろん他のすべての作物に置き換えていい)を食べたことがないでしょう」。

 そして、あなたは自分の農法が優れたものであり、正統であり、正義であると宣言し、しつこく説明し、よそとの違いを強調しもするだろう。そして、話の信憑性を高めるために、あなたは客を圃場にいざなう。素人に圃場の善し悪しの区別など付かない。あなたの圃場がたとえ虫だらけ、草だらけ、畝はのたくったへたくそなものでも、客はそこに生命活動を感じて感心するはずだ。

 あるいは手作りの実験の結果を見せることもあるだろう。そのとき、「数カ月腐らなかったイモ」「腐ったけれども“いい臭い”を発している野菜の切片」などを示されて、その実験の手順や管理の適正さを問う客はいないだろう。彼らはあなたのところへ何かいいことを見つけに来たのであり、ケチを付けに来たのではないのだから。

 そうして、客がなるほどとうなずき続け、膝を打ち続けて首とてのひらが痛くなった頃合いで、あなたの家族が「うちで取れたトマトですよ」などと、みずみずしい野菜を持ってくる。「まあ、食べてみてください。論より証拠。食べれば本当だとわかりますよ」とあなた。

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