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特集

「奇跡のリンゴ」は、なぜ売れたのか〜「木村秋則」現象を追う〜


 たいていの作物は、収穫したてならうまいものではないか。収穫後1~2日たって都会のスーパーに並ぶものとは、鮮度も熟度も違うだろう。しかも、相手はここまでの話を聞き、遠路はるばるやってきたこともあって、口に入れたものはなるべくうまいと感じたいと思っているものだ。「本当だ! おいしい!」と叫ぶことは、あなたの説教に対するお礼にもなるし、農業を理解する頭脳と感性を誇示して見栄を張るチャンスでもあると、彼らは知っている。

 だから、その場は「おいしい」「本当だ」の応酬になること請け合いだ。夫婦や仲間数名で来た人たちなら、半信半疑で聞いていた人でも、連れが「うまい!」と言えば、そういうものかと思い、「本当だ」と呼応してつぶやきもする。すると、最初に言った本人も「ほら、やっぱり本当だ」と思い込む。

 一度この体験をしてしまった人は、もうあなたの虜だ。ほかの誰が水掛け論を浴びせようが、よその農家の作物のほうが優れていると言う人が現れようが、もはやこの世で最高の農家はあなたであり、最高の農法はあなたが実践しているもの以外にあり得ないと思うまでになる。

 そのようにして、実のところうまくもまずくもない作物や際立った工夫も認められない農法が「日本に(世界に)ここにしかないもの」になって行く瞬間に、私は何度も立ち会っている。

 私はこの現象を「農法ショック」と呼んでいる。

 人をパニック状態に陥らせ、物理的にも心理的にも不自由な状態を強いて、その上でその人が持っていた価値観や世界観を否定し、新しい価値観と世界観を植え付ける技術がある。これをマインド・コントロールと言い、カルトやマルチまがい商法を行なう人々などの特殊な世界で執拗に研究され、実践されてきた。読み返していただけば、農法ショックは客を迎えた農家の故意か否かによらず、マインド・コントロールと同じ手順によって生まれるものであることがわかるだろう。

 カルトやいかがわしいビジネスを行なう人が、善良な人々にマインド・コントロールを施して、自分たちだけトクをしようとすることを、私は許したくない。しかし、農家がつい発生させてしまう農法ショックそのものが善悪いずれであるかの判断は、今は保留しておく。というのは、同じ仕組みで人の心に影響を与え、ブランドの価値を創り出し、高めることは、他の業種にも見られることだからだ。

 布団などの催眠療法ならそれが犯罪的であると断ずることもできるが、ではそれなりに分別のありそうな会社が売る厳重に包装された化粧品なり、有名なデザイナーが作ったビニール製バッグなり、見たこともない金額の伝票がそっと差し出される寿司店などはどうかと言えば、どうもなかなか犯罪とも言い切れなさそうな場合がある。

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