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新・農業経営者ルポ

いまここで自分が、農業を続ける理由。



地主から経営者へ受け継がれていくもの

 矢端さんに養豚場で辞して、ご自宅に戻る。ヤバタファーム特製の餃子の写真を撮るためだ。カメラマンが撮影している間、奥様にお話を聞く。晴美夫人はかつてマレーシアで日本語教師をしていた。

 「日本語教師になったのは、自分に暮らしやすいところが日本以外にもあるんじゃないかと思ったんです。でも主人と知り合ってからは、どこで暮らすかよりも、誰と暮らすかが大事だと思うようになりました」

 威勢のいい上州弁の矢端さんとは違って、穏やかな岐阜弁の晴美夫人、きっと同じ価値観を共有しているのだろう。コメや餅の直販とホームページの作成を担当している。矢端さんは、なぜそこまで農業に執着するのだろうかと聞くと、底抜けの笑顔で答えてくれた。

 「農業が好きというのではなく、皆がもう農業はダメだって言っているなかで、未来を見据えて自分で考えながらやっていけば、生き残る道があるって示したいんでしょう」

なぜ、それを示したいのだろう。
 「誰かに言われたわけではなく、ただ自分の中の使命感でしょう。世の中にこういう人間が必要だという」

 それで夜眠れないほどの借金をして加工施設を作るものなのだろうか、とも聞いてみた。

「それはね、今年辞めちゃったんですけど、ウチで働きたい若い社員が入ったんです。その子が結婚して子供ができたので、その子を食べさせなくちゃということで、もっと広げようと思ったんです」
 矢端さん自身からは聞けなかった事実だが、とても納得できる説明だった。一般的に経営者は理想やビジョンを語るべきだといわれる。でも矢端さんは筆者に一度も理想を語らなかった。誰かや何かを批判する言葉もなかった。語ってくれたのは思い通りにならない現実を前にしても、ひたすらあきらめなかったことだけだった。そして、そんな矢端さんを奥様や社員達が信頼して尊敬していることは、言葉の端々から感じた。

 かつてヤバタの本家のような自作農の耕作地主というのは、今の矢端さんがそうであるように、社会のいろいろな矛盾を一身に背負って、それでも地域に目配りして農業経営を続ける人々だったのだろう。だからこそ、数kmも離れた前橋駅まで自分の土地だけを踏んで行けたはずはないが、尊敬と親しみをこめた冒頭の言い回しが、今だに人々のあいだに残っているのではないだろうか。

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