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【江刺の稲】
ニュージーランド農業大臣に会って思うこと
- 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
- 第176回 2010年10月29日
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来日していたニュージーランドの農業大臣、デビッド・カーター氏と昼食をとりながら懇談する機会を得た。カーター大臣は2カ所の牧場で約1万頭の牛を飼い、牛のブリーダーとして有名な農業経営者でもある。本誌2009年8月号で掲載した、同国の農業経営者団体の会長で、農業特使として来日していたアリステア・ポルソン氏へのインタビュー記事をご記憶の読者もおいでだと思う。英国への輸出をベースとしたかつての同国農業が、英国への輸出が止まったことで向かった保護農業の時代。そしてその後の財政危機の中で進められた農業への補助金の打ち切り。その困難の中で蘇ったニュージーランドの農業経営者の話は、我われ日本の農業関係者が学ぶべきストーリーであった。
昼食会の日本人出席者は筆者と浅川副編集長を含む5名。出席した顔ぶれを見ると、その後に鹿野農水大臣との会談を控えて、同国の対日政策に理解のある農業関係者の意見を聞きたいという理由だったようだ。
かねて申し上げているが、筆者は読者である日本の農業経営者が直面する困難は承知の上で、各国とのEPA(経済連携協定)、FTA(自由貿易協定)、さらには菅総理大臣が参加を検討すると表明したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を含めて、積極的に推進すべきだと考えている。それも、日本の農業あるいは農業関係者が未だに「農家」という名前で呼び続けている、高齢者が趣味的な農業を続けているごく当たり前なサラリーマン世帯のためにである。
これまで「農家」の暮らしが破綻するからといわれ続けた米価維持政策。それを守るために77万tものミニマムアクセス米をペナルティーとして輸入させられ、すでに世界の誰にも認められないようなコメに対する過剰な保護政策を続けてきたWTO農業交渉。その上で、かつては日本と同一歩調を取ってきた韓国が、世界各国と積極的にEPA、FTAを推進するに至り、わが国の産業がますます空洞化する。その上での今の円高である。
その産業空洞化で失業し、収入が減るのは、ほとんどの兼業農家を含む人々である。農家を守るという農業保護政策が、農家自身を貧しくさせているのである。「『農家を守るために一般産業が犠牲になっている』などと言わないでくれ」というのが、農家といわれるほとんどの世帯の本音ではないだろうか。政治家よ、恐れずに時代を進めてほしい。
そうした一般的な農家とは違い、コメなどを生産する多くの本誌読者たちに困難が存在するのは確かだ。
しかし、未来なき保護の下で我われは安楽死を選ぶのか。日本の農業は稲作など保護が厚かった分野ほど経営がぜい弱である。デフレの影響をもろに受けている野菜は、その品質を考えれば、どの国のスーパーの価格にも負けないほどの値段で販売されている。自由化で壊滅するといわれた柑橘農業は本当に滅びたか。
我われは禁断症状の苦しみを乗り越えようとしている薬物中毒患者のようなものだ。稲作の分野でも、輸出競争力はなくとも、輸入されるコメと競争できるレベルの生産コストを実現している経営もある。“高く売る”ではなく“高くても満足してもらえる”商品やサービスを提供して事業を発展させる人もいる。
はっきり言おう。ほかの人にはできないことを実現するから、経営は生き残れるのである。困難を乗り越えなければ未来はないのである。
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昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
江刺の稲
「江刺の稲」とは、用排水路に手刺しされ、そのまま育った稲。全く管理されていないこの稲が、手をかけて育てた畦の内側の稲より立派な成長を見せている。「江刺の稲」の存在は、我々に何を教えるのか。土と自然の不思議から農業と経営の可能性を考えたい。
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