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計80箱のブドウが金子のもとに付き返させられた。出荷時期を待ち、手塩にかけて育て上げた大量のブドウには、この時点で腐るだけの運命しか残されていなかったのだ。
困り果てたあげく、金子がはたと想い出したのが関東を中心に展開する有名ショップだった。父親の農業に懐疑的で、もともと有機志向の強かった彼が、10年ほど前から取引していた自然食品店である。
藁をもすがる思いで泣きついた金子に、社長は二つ返事で答えた。
「ああ、いいよ。おめぇの品物だったら保証付きだから。明日から全部送ってくれや」
新しい煙草を取り出した金子が振り返る。
「あんときほど農協っていう親を恨んだことはないよ。困ったときに助けてくれるのが親だろ。逆だよね。でもあの一件のおかげで、自分の品物は自分で売らなきゃダメだと考えて、いろいろな小売店にも営業をかけるようになったよ。だから今では農協サマサマだ」
「作る側と食べる側が互いに笑顔の見える商い」と、そんなモットーが記された金子の名刺には、自身で開拓してきた数多くの取引先が紹介されている。三つ折の名刺だが、ここに書ききれない取引先もまだ残されている。「ひとりで抱えるにはもう限界だよ」。そう嘆息する金子の胸中には、決して口には出そうとしない後継者への想いが募っているに違いなかった。
何事も行動あるのみ1町2反の農地に描く理想郷
軽妙な語り口が続く。
「雪で潰れたハウスを全天候型に設計しようとしたんだよ。ところがオレのせがれときたら、何もしないうちから文句ばかりたれるんだ。だから言ってやったよ。“おめぇなぁ。結果っていうのは、やってみねぇとわかんねぇんだよ”って。で、完成してみたら、近くの若けぇモンが“ウチも真似させてくれ”って言ってくるわけよ。おめぇ、逆じゃねぇかと。ハメを外すことができるのは若けぇモンだろ。ジジィや、ババァの真似してどうすんだって」
彼の言葉には奇妙な力があった。「他人と同じことはやらない」という生き方自体、足並みを揃えて歩こうとする世間から見ればハードルが高い。結果、彼ひとりが浮きがちとなるが、なみの発想と行動力では目前に迫った障害を乗り越えるのは困難だろう。
「好きなやつはどんな時期であっても食いたがるもんなんだ」という着眼で、現在はモモの正月出荷を虎視眈々と狙っている。そして、さらにその先にあるプランが、金子オリジナルの「癒しの園」である。
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金子正 カネコマサシ
新潟白根フルーツガーデンふる里
1939年新潟県生まれ。新潟県立加茂農林高校を卒業後、長男として家業の果樹経営を受け継ぐ。1haの果樹園でナシ、洋ナシ、モモ、ブドウ、イチジクなどを栽培しており、主力のナシとブドウは、それぞれ10品種以上を作付けている。「作る側と食べる側が互いに笑顔の見える商いをすること」をモットーに、各地の小売店や消費者に直販を行なうほか、農場で収穫祭イベント等を実施して顧客との交流を図っている。20年前より化学肥料を一切使わず、農薬使用も慣行の3分の1に抑えるなど自然農法を模索しており、無農薬栽培にも挑戦中。2010年より水稲50aで合鴨農法も開始した。
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