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【江刺の稲】
農水省、農業関係者よ自らを問え
- 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
- 第179回 2011年02月01日
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日本が盧溝橋事件から太平洋戦争に突入し敗戦に至った歴史を、日本陸軍という官僚組織を検証することで明らかにするNHKのスペシャル番組を観た。そこに登場する旧陸軍の将官たちと現代の農水省官僚たちそして農業関係者の姿がダブって見えた。欧米列強と比べて遅れていた日本軍の近代化を目指すエリート陸軍官僚の理想は、やがて派閥利害のぶつかり合う権力闘争となり自ら理想を忘れ去っていく──。
かつて貧しかった日本の社会と農村。その克服を目指した戦後的農業・農村改革。農業政策というより産業発展の結果、もたらされた農業・農村の豊かさ。1960年代末にはコメの供給過剰が始まり、40年も前の71年をピークに現在に至るまで国民一人当たりの摂取カロリーが減少し続けている。短期的措置と思われた減反政策も形を変え現在に至るまで続いている。遅くとも80年代には戦後的農業政策を乗り越えるべきだった。欠乏の社会から過剰の病理が支配する時代になっても、戦後的農業・農村イデオロギーが農業界を支配している。農地解放の論理に縛られた農地法、窮乏農民を前提とした農協法、そして今もその残滓が残る食管法。構造改革を進めようとしても、なし崩しにする時代遅れの法律や制度が存在する。その背景には農業・農村を守れという建前の下に、役人や農業団体の既得利権を守ることに汲々としているからである。その己の責務を見失った農水官僚という“精神亡き専門人”の姿と彼らの派閥争いの結果、農業・農村のイノベーションが妨害されているのである。
農水省の中の改革派、守旧派などという農業経営者もいるが、そもそも農業に対する農水省の役割が変わるべきなのだ。そして、農業経営者自身が、役人に頼らず儲かる農業経営を築き上げながら、自ら農業・農村の創造的破壊者としての役割を果たす時代なのだ。
何度でも言うが、今や農業問題の本質は農業関係者問題なのである。農業関係者が自らの居場所作りのために創作し続けてきた農業問題。そこで語られる日本農業の弱さ。政府による保護の必要性。そこにあるのは敗北主義を利権化させた論理でしかない。
曰く「農業就業者の高齢化が進み日本農業が弱体化する」「日本農業は規模が小さいから世界との競争に負ける」等々。そして極め付けは、先ごろ農水省が試算したと言う「TPPに参加した場合の“シナリオ”である。それは「国産米のほとんどが外国産米に置き換わり、新潟コシヒカリ・有機米といった有名ブランドなどのコメ(生産量の約10%)のみが残る状態にまで壊滅」するという暴論である。すでに本誌ではその“嘘”について本誌の2月号および今月号で充分に検証しており、ご理解いただけるはずだ(「農水捏造 食料自給率向上の罠」)。
大本営発表よろしくただ垂れ流すメディアや農業関係の学者や関係者たち。検閲と強権の下にあった戦時中とは異なり、自由に検証や批判ができる現代であることを考えれば、多くのメディアや農業専門家の怠慢であり専門家としての退廃がある。また、自らの既得権益にしがみつく農業関係者は、その論理が農業や農村を安楽死に導くことになることを自らに問うてみるべきだ。
1月29日にTPPを乗り越える農業経営者による弊社のシンポジウムには200人近くもの参加者が集まった。我われは困難を承知でも新しい時代をつくる勇気を持とう。
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昆吉則 コンキチノリ
『農業経営者』編集長
農業技術通信社 代表取締役社長
1949年神奈川県生まれ。1984年農業全般をテーマとする編集プロダクション「農業技術通信社」を創業。1993年『農業経営者』創刊。「農業は食べる人のためにある」という理念のもと、農産物のエンドユーザー=消費者のためになる農業技術・商品・経営の情報を発信している。2006年より内閣府規制改革会議農業専門委員。
江刺の稲
「江刺の稲」とは、用排水路に手刺しされ、そのまま育った稲。全く管理されていないこの稲が、手をかけて育てた畦の内側の稲より立派な成長を見せている。「江刺の稲」の存在は、我々に何を教えるのか。土と自然の不思議から農業と経営の可能性を考えたい。
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