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江刺の稲

食産業人・庄司昭夫さんを悼む

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第182回 2011年06月16日

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ハンバーグレストラン「びっくりドンキー」((株)アレフ)の創業者で3月23日に68歳で亡くなった庄司昭夫さんの「お別れの会」が5月17日に札幌市内のホテルで開かれ、約千人が故人をしのんだ。多彩な人脈の参列者に氏の食産業経営者としての思想と生きざまが示されていた。

ハンバーグレストラン「びっくりドンキー」((株)アレフ)の創業者で3月23日に68歳で亡くなった庄司昭夫さんの「お別れの会」が5月17日に札幌市内のホテルで開かれ、約千人が故人をしのんだ。多彩な人脈の参列者に氏の食産業経営者としての思想と生きざまが示されていた。

庄司さんは「『食』は『人』を『良』くすると書く」という言葉を口にした。また「外食産業」というより「食産業」人でありたいと言っていた。また、通っていた故倉本長治氏が主催する雑誌『商業界』のセミナーで教えられた「店は客のためにある」という理念を大事にしておられた。

本誌が「農業は食べる者のためにある」と言い続けてきたのも、僕自身が庄司さんを介して商業の改革者たちが近代化のために実践してきた理念を孫請けしたものなのである。その言葉に触発されてこうも考えた。

土から収奪するだけの農業が滅ぶことは農業に伝統的な考え方であった。でも、それが見失われている。一方、成功する商業人とは「店は客のためにある」と語って客に戻し続ける人々なのではないか。農業者にとっての「土(自然あるいはお天道様)」がそうであるように、商業者にとっても「お客様」は思い通りになる存在ではない。だが、思うままにはならない「お天道様」と「お客様」を両にらみにしながら「戻し続ける」勇気を持つことが、顧客やマーケットの存在に気付いた農業経営者たちのあるべき姿ではないか、と。

庄司さんは、そんな本誌の創刊の理念に影響を与えてくださった恩人の一人なのである。この雑誌を続けることや読者とともに進めてきた各種の事業を行なう上でも様々なご協力をいただいた。

出会いは20年以上も前だ。僕が茨城県牛久市の高松求さんのこと書いた『あたり前の農業経営』という本を読んでくださった。それがきっかけでアレフの社内報で対談をさせていただいた。同時に僕が尊敬する農業経営者や農業関係者を紹介したことから、一時期の同社の社内報には庄司さんの感動と共に多くの農業経営者たちが紹介されていた。それは『語り合えばフルートフル』というタイトルで単行本化されている。

こんなエピソードもあった。庄司さんを高松さん宅にご案内した折に口にされたことである。

「私たちチェーンストアの事業をしている者と高松さんとでは売上や事業規模で見たら比較にならない。でも、私たちの仕事は米国でできたノウハウを日本に移し替えただけ。でも、高松さんが持っておられる風土の中で生かされ、しかも人々に必要とされる存在である農業経営者としての理念の深さには私など足元にも及ばないのです」

お別れ会では庄司さんが晩年に語っておられたという「天業」という言葉がパネルで紹介されていた。

要約すると、東洋には「生業、実業、事業」に加え、さらに「徳業、道業、天業」という概念がある。「生業」は自分が生きていくため。「家業」は家族を守るため。「事業」は社会のため。そして、「徳業」は仕事に自分の人間としての尊さがこめられているという意味で勤勉さや誠実さなど。「道業」は仕事に理念があるということ、絶対に譲れない信念をもって仕事に取り組んでいるという意味。そして、人と自然の両方を生かしきっていく仕事が「天業」であるという解説であった。

庄司さんはまさにお客様とお天道様を活かしきり、食産業人として果たしきろうとされたのである。

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