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新・農業経営者ルポ

“山梨らしさ”と経営者感覚が育んできた銘柄牛



コスト削減のつもりが食味の向上に

 小林が出した結論は、人を雇って規模を大きくし、法人化することだった。だが、乳牛には生産調整があったため、頭数を増やしても牛乳を買ってもらえない。ならば、法人化にあたって肉牛に転換して、頭数を増やそうと小林は考えた。だが、父の代から家族経営でやってきた小林にとって、法人化はまったく未知の領域だった。会社経営のノウハウなどまったくなかった。

 「経営と家計の分離が大変でした。パソコンがあればなんとかなるだろうと思ったのですが、そのパソコンの使い方がわからない。帳簿をつけたくても簿記がわからない」

 1週間でパソコンに挫折した小林は、妻・孝子を説得して農業会議主宰の簿記講座に通ってもらった。1年がかりで簿記を身につけた孝子に、今度はパソコン教室へと通ってほしいと頼んだ。あの時の苦労を自分の代わりに背負ってくれた彼女なくして今はなかった、と小林は感謝を忘れていない。

 課題はまだ残っていた。法人化の時点ですでに牛肉輸入の自由化が決まっていたため、価格の安い外国産牛肉とどう対抗していくかという喫緊の問題があった。そこで小林が着目したのが、ブドウや豆腐を作る際に生じる「かす」の利用である。それはもともと、地元の牧場では以前から飼料代を節約するために行なわれていた方法だった。ワインの生産量が日本一を誇る山梨県ではブドウの搾りかすなら、ふんだんにあった。これらのかす(ブドウ、おから、酒かすなど)の配合を工夫して、飼料コストを従来飼料の3分の2にすることに成功したのである。

 思いがけない効果も生まれた。あくまでコスト削減を目的としたものだったが、これらのかすを与えた肉牛の排泄物の臭いがかなり低減した。しかも、肉質も変わり、柔らかな赤身になることもわかった。思わぬ副産物だった。

 小林は地元の同業者たちとともに、かすの配合の割合や与え方を決めたマニュアルを作った。生後半年から17カ月の間、ブドウかす、おから、酒かす、トウモロコシ、麦などを一定の割合で混合した飼料を与えるのが肉質の上でもベストだとわかった。そして、こうした方法で飼育した肉牛を「甲州ワインビーフ」と命名し売り出したのだ。日本の牛肉の格付けでは、脂肪の交雑した霜降りが最高ランクとされているため、甲州ワインビーフは決して高いランクにはない。しかし、赤身のおいしさが引き立つヘルシーな肉であるという点で、ほかにはない自信作だった。

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