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農業経営者ルポ

「質」を売って勝ち残る請負でありたい

  • 『農業経営者』編集長 農業技術通信社 代表取締役社長 昆吉則
  • 第10回 1995年04月01日

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「土の鳴き声が聞こえるんだヨ。プラウかけてるとネ。ジュー、ジュー、シューツて、鈴虫みたいないい音だ」山口さんにはプラウのシェアの土を切る音がそんなふうに聞こえるのだという。農業を始めて以来、ロータリしか使わなかった人が、初めてプラウが土を反転していくさまを見て「土の命の甦りを感じる」という人はよくいる。でもここまでいう人は初めてだ。
土の鳴き声が聞こえる


 「土の鳴き声が聞こえるんだヨ。プラウかけてるとネ。ジュー、ジュー、シューツて、鈴虫みたいないい音だ」
 山口さんにはプラウのシェアの土を切る音がそんなふうに聞こえるのだという。農業を始めて以来、ロータリしか使わなかった人が、初めてプラウが土を反転していくさまを見て「土の命の甦りを感じる」という人はよくいる。でもここまでいう人は初めてだ。

 その言葉に、高野さんも栗本さんも、そして取材にお邪魔した僕とスガノ農機茨城営業所の新谷所長も、つい笑ってしまった。でも、山口さんのいいたいことが解るような気がした。そして、この人は本当に農業という仕事が好きなんだなと、感じた。

 経営者として未来を創りだそうとしている若い人々には、お金の勘定も、技術も、営業力も、企画力も、広い視野も必要だけど、実はこの土への感性を信じる力のなかにあるものこそが――経営を趣味の自己満足とは峻別しつつも――伝えられねばならないのではないだろうか。

 山口庄三郎さんは、高野薫さん、栗又和巳さんという二人の若い仲間と三人で組織する「荒宿転作作業受託組合」の組合長である。

 「荒宿転作作業受託組合」の発足は平成元年。転作の推進のために玉造町の行政の後押しを受けて発足したものである。

 受託組合の仕事は4haの水田を団地化しての大豆→麦というブロックローテーションを組むということで始まった。現在、組合で作業を請負っているのは稲で移植が15ha、収穫調製18ha、水田転作で麦が18haなど。プラウでの耕起は延べにして70~80haはあるという。もちろん他に小作地での稲作もある。

 作業受託組合を法人化したらといった話もくるが、山口さんたちの認識では現状では受託規模がまだ少なくクリアすべき問題もある。むしろ、形ばかりの法人化を考えるより、自分たちの経営の理念や技術をいかに確立していくかが重要な問題であると考えているようだ。


請負業者の競争が始る


 三人の住む茨城県行方郡玉造町荒宿は、霞ヶ浦の南岸に位置し、もともとが霞ヶ浦のワカサギやエビの漁をする半農半漁の村だった。約70戸の集落の平均反別は 40a程度と小さい。鹿島の臨海工業地帯が立地してからは、ほとんどの人が鹿島に出勤するサラリーマンとなり、今や人々の暮しは漁業にも農業にも依存していない。

 すこし話が横道にそれるが、程度の差はあれ、少なくとも府県の多くの農村では、今後の水田農業は山口さんたちのような請負耕作者(コントラクタ)の存在無しには成立しない時代になっていく。その反面で、新しい時代の村のサービス業者たるコントラクタたちにとっては、今でこそ売手市場の時代が、やがては顧客獲得の競争の時代に入っていくだろう。なぜなら、府県の兼業化の進んだ稲作地帯では、やがて、米を生産するより兼業農家のライフスタイルを保証し、その資産を管理するサービス業の方が、米を生産販売するより歩止の良い仕事になる可能性すらあるからである。今、まだ勤めに出ている兼業農家の中からも、村に住む他の仕事をする人の中からも新規参入者は出てくるだろう。

 山口さんたちは、そんな競争を予感する中で勝ち残れる村の農作業サービス業者としてのあり方を模索している。

 山口さんたちにとっては、組合の経営理念ともいえる仕事を受ける基本姿勢は、お客さんに提供できる農作業の「質」である。そして「顧客の利益」である。

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