ナビゲーションを飛ばす



記事閲覧

  • このエントリーをはてなブックマークに追加はてな
  • mixiチェック

特集

8月8日、いよいよ試験上場スタート!農業経営者のためのコメ先物入門

2011年8月8日、東京穀物商品取引所と関西商品取引所に試験上場したコメ先物取引。国の農業政策の変更を受けて、72年ぶりに復活した。衰退の一途をたどっていた国内先物市場関係者および投資家はコメ先物について大きな期待を寄せている一方、農業経営者や卸・流通業者はまだ様子見といった感が否めない。事実、本誌特集を組むにあたって読者に対してアンケートを行なったところ、賛成・反対はほぼ五分であり、「反対でも賛成でもない」「分からない」という意見も少なくなかった。ただ、どんなに複雑で分かりにくいイメージがあったとしても、コメの販売価格に影響を与えるインフラが誕生した以上、それをどう使い(あるいは使わず)、どういう距離感を保つかを決める上で、稲作経営者は先物取引に対して目をふさいでいていいはずがあるまい。今回の特集では、投資家のための金融商品としてではなく、農業経営者、中でも稲作経営者・生産者にとって役立つという観点からのコメ先物について分かりやすく解説する。取材・文/清水泰、編集部


コメであっても需要と供給の関係で成立するのが原則 先物市場で価格が決まるとはどういうことか●駒澤大学経済学部 准教授 飯田泰之

■(いいだ・やすゆき)1975年東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科中退。現職のほかに、内閣府、参議院、財務省等での客員を歴任。選考は経済政策、マクロ経済学。著書に『ゼロから学ぶ経済政策』(角川oneテーマ21)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『世界一シンプルな経済入門 経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、本誌副編集長・浅川芳裕との共著『農業で稼ぐ!経済学』(PHP研究所)がある。
http://d.hatenA.ne.jp/YAsuyuki-IidA/

 今回、試験上場されたコメに限らず、様々な商品が取引される先物市場。その起源は、江戸時代、大阪・堂島米会所にあった。だが、1995年の食管法廃止まで実質上国家統制下にあったために、本誌読者とはいえ、先物市場の意義を予断なく理解できる方は少ないかもしれない。本稿では、本誌副編集長・浅川芳裕との共著『農業で稼ぐ!経済学』でおなじみの飯田泰之氏(駒澤大学経済学部准教授)に、価格が決まること、そして先物市場の意味について話を聞いた。


【先物取引は価格急落のリスクを避ける“保険”】

 1730(享保15)年、江戸時代に幕府が肯認した大阪・堂島米会所が、世界初の組織的な先物取引市場であることはみなさんもご存知だと思います。しかし、なぜ堂島で現代とほぼ同様の先物取引システムが確立され、どんな機能を果たしていたかを知る人は少ないのではないでしょうか。

 堂島はどの産地のコメも売買できる現物市場と、「標準品(コメ)を、将来のある時期に特定の価格で売り買いする権利」だけを取引して差額決済する先物市場の両方を備えていました。当時のコメは貨幣(金融資産)でもあり、コメの価格が幕府・藩の財政、武士や庶民の生活に大きく影響します。たとえば当時の公務員であった武士の給料は俸禄米と言われ、支給された現物のコメを換金するという仕組みでしたが、もし豊作年となると武士の給料が大幅に下がってしまう……ということになるわけです。当時から先物取引はそういう現物価格の変動リスクをヘッジする手段、いわば保険として機能してきたのです。

 日本人の多くが先物取引に対して負のイメージを抱いています。先物取引とは、本来の意味は、少ない資金(証拠金)を元手に大きな取引ができ、大金を得たり大損したりするハイリスク・ハイリターンのギャンブルだと思い込んでいるからでしょう。江戸時代にも相場取引は御免博打と呼ばれ、どうも胡散臭いものというイメージがつきまとっていたと言われます。

 確かに純粋にギャンブルとして先物相場に参加する事も可能です。しかし、実需家、つまりは生産者と卸・流通業者や生産者の立場からすれば、先物市場は現時点での仕入れコストや販売収入を確定させることができる保険なのです。

関連記事

powered by weblio