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高橋がなりのアグリの猫

100年後の視点から現代日本の常識を考えてみる



 このような日本になった最大の要因はTVにあると考えます。今から30年前になります。TV番組制作に携わって「部落」という言葉を初めて聞いたのです。恥ずかしながら横浜で生まれ育った僕は部落差別という劣悪な差別があることを知りませんでした。差別用語として「百姓」や「朝鮮人」……などの言葉も放送できないと教わったのです。このような差別用語を控えるは当然だと理解できましたが、その後「ニートをバカにするな! ホームレスの人権侵害だ! イジメを助長している……」等とテレビ局やスポンサーにクレーム電話が入る度に弱者と認知される人々に関する表現を自粛するようになって行きました。どんな良い事でも度を越せば害になります。今では辛口コメンテーターの牙は大企業や政治家・公務員などの社会的強者のみに向かっています。弱者と認知されている人々への批判はヒステリックなクレームから番組降板に繋がるからです。そんな世相を背景に弱者は社会生活でどんどん国や強者への要求を強くしています。

 被災地の復興が遅れ、放射能被害者が増え続けている今だから言いたいのです。補償金だとか補助金だとかは短期的には必要なのでしょうが、これらに依存して求め続ける精神は自分自身に弱者精神を植え付けることになり、数多くあるはずの人生の選択肢を制限した結果は不幸になってしまうのです。自らを弱者に仕立て上げた“偽装弱者”たちが作り上げた“被害者意識による精神の安楽死”に侵されないでください。「もののけ姫」の表現を借りるなら「たたり神」になるな! と。

 僕は金持ち=強者だから言っているのではありません。今も昔も金に執着したことはありませんし、金持ち=強者だとも思っていません。

 国立ファームがメジャーな会社になったら、二度とこのような発言はできないことでしょう。それは批判を浴びて会社か僕が抹殺されるからです。成功して強者になる前だから、僕と同じようにもがいている仲間に本音を言わせていただきました。

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