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農業経営者ルポ

農業者であることが僕の「作品」 高見澤憲一

 10年たった現在、約5haの畑でレタス、ハクサイ、キャベツを中心とした作付けであるが、最初の頃と比べると土壌病害も出ている。それでも薬品での土壌消毒はせず、緑肥麦などを組み合わせた輪作の工夫をしている。今年も、一部の畑は夏作にも線虫対策用の麦を播き、二作続けて麦をやってみている。

 高見澤さんは有機農法論者でも無農薬栽培でもないが、人間の技術に頼るのではなく自然の力を引き出すのが農業だと思っている。自然に任せることの可能性の大きさを農業を始めた頃に体験的に知ったからだ。10年の間には、機械、肥料、農薬、資材もさまざまに使ってみた。その価値の大きさも限界も問題も知った。せっかくできたと思っても、わずかな自然の変化に作物は様子を変えた。旱魅も大雨も大風も体験した。その中で、人間の力がいかに小さいかも思い知らされた。人間の技術だけではできないことをやってのける輪作の効果や麦の根が果たす役割の大きさも知った。でも、それとてもすべてが良い訳でなく、麦をやるとタネバエが来て卵を生み付けていき、そのウジがキャベツの根にイタズラする。そのためにキャベツが減収する。筆で虫取りなんてできないので殺虫剤を使うこともある。思い通りに行かないことの方が多かった。

 経験が少ない分だけ、新しい技術もどんどん試してみた。サブソイラを使った場所では集中象雨後の表面排水が圧倒的に早かった。旱紘時の効果も大きかった。その他にも、新たな方法を次々と試してみている。クロタラリアやマリーゴールドのような緑肥も使ってみた。

 しかし高見澤さんが自らつくりあげてきた経営感の基本は、可能性に限界を定めるようなことは馬鹿らしいと思いつつも、技術で作り過ぎないこと、自然に任せる部分、自然の力を引き出すことの価値に気付くことであったようだ。技術においても働き方においても「売上げを追うだけの無理な経営に陥らないこと」「健全さを失わないこと」そして何より「自分のスタイルを作り、それを見失わないこと」という原則のようだ。

 また、父上も素人、ましてや非農家といってよかった高見澤さんは、この30~40年間、農業界を支配してきた技術感や経営感に染っていない分、過度な技術主義や、その反対の神秘主義からも自由でありえたのかもしれない。


この人生こそが「作品」だ


 前回に訪ねたのは、考える余裕すらなかった最初の数年が過ぎ、経営的には一段落という時期だった。しかし、野菜は一人で畑で作っていればよいが、伝統的な農協や農業界的な精神風土とぶつかって、精一神的にじりじりしている時代でもあったようだった。でも、農業の中にも少しずつ仲間がいることが分った。歳も住む村も職業も関係なく、良くしてくれる人も学ぶべき人もたくさんいたし、親切にもしてもらった。反対に、若くても変革を考えず、また高年齢者でも人が積み重ねてきた歴史や経験や風土の持つ意味に鈍感な人々に苛立ちもした。「百姓としてのプライドは誰が創るのだ」と思うこともしばしばだった。そんな高見澤さんは、村内では変人扱いされるか、心から助けてくれるかのどちらかだった。

 「10年やった今でも、経験を踏んだ人の仕事と比べると、僕なんかやっと半人前です。でも、言われるままでなく僕なりの納得できるやり方でそこまできたのだと思ってる」と、高見滓さん。

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