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新・農業経営者ルポ

大分の大地に足をつけ日本を変革する国士。


 モンゴルの草原にひとり佇み、詩を書きたかった。天台宗を興した空海に憧れ、阿闍梨のような高僧になりたかった。そんな現実離れした夢を心に描いた少年は、常に「変人」扱いされてきた。

生産技術については、先人たちから多くを学んだ。高齢化の一途をたどる彼らからの教えは、今しか体験できない。肌と感覚でしか覚えられないことは数多い。素直に教えを請う彼の姿を、年配の農業者は孫のように可愛く思ったに違いない。
 中山間地の農地を維持する農業経営によって特定農業法人の認定を受けたことは、多少経営面での追い風となった。現在では、中山間地で県内最大規模の経営面積を誇る。耕作放棄地の拡大という背景はあるが、地域の農家から信頼を得られた後藤の経営者資質によるところも大きいといえるだろう。

 だが、中山間地における農地の保全は難しい。山林の整備不全や温暖化の影響で、獣の個体数が増えているからだ。罪のない動物たちが食料を求めて山から里へと下り、手塩にかけて育てた作物を食い荒らす。大分県の獣害被害の総額は、90年代に4億円ほどで推移していたものが、21世紀に入ってからは5億4000万円を超えたそうだ。後藤は自身のホームページのコラムに複雑な心中を打ち明けている。

 《鹿の被害が多いのですが、一度、100匹以上の猿の大群を見かけました。高崎山以上の迫力です。彼らは生きるために食べ物を探さなければなりません。だから、真剣です。だけど、年配の人はみんな言います。「昔はこんなに獣たちが家の近くまで来ることはなかった」って》


米麦とベビーリーフを経営の両輪に据える

 「来年死ぬかもしれないから、とにかく頼むよ」。どんなに荒れた農地でも引き受けるのが西日本農業社の原則だ。「受託作業の方が利益は出るんですけど……」と後藤は苦笑するが、耕作放棄地をなくしたいという思いが起業の原点にある以上、損を承知で引き受け、開墾し、作物を植え、農地の保全再生に努力してきた。だが、今年はやむなく断った農地もあった。昨秋、後藤が農作業事故のために左足親指を切断したことも少なからず影響しているが、それ以上に経営効率を悪くさせる耕作放棄地を経営者としてシビアに判断した結果だった。

 「所有者に戻せば確実に荒れると思っていた農地が、やっぱり荒れました。後悔がある一方、ボクだけが考えるべきなのか、国は本当に有効な中山間地対策を考えているのだろうかという疑問があります。現状では、農家の意欲やこの先の展望の有無を問わず、どの農家も一律に支援をしようとしていますよね。そうではなく、ウチのように意欲ある農業法人を育ててくれる政策に変えてもらいたいですね。

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