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イベントレポート

北海道SRU設立20周年記念 特別座談会 独立系プロフェッショナル農家〜土壌研究組合〜SRUの真実 ドクター川辺と3人の弟子の物語



――そういうとき農家って「損した。やっぱり元のほうがよかった」って話になりませんか。

尾藤 よく考えてみたら、変わらなかったことの方がすごかったんです。ビートでリン酸ゼロですよ、そんなに減肥して同じだけ採れたのは僕にとっては衝撃的!

――いきなりゼロは勇気要りませんでした?

尾藤 そりゃ要りますよ。それも一反とか試しでやるわけじゃなくて、全圃場ですから。父親とは畑で大喧嘩。だってビートの元肥振るとき畑にリン酸がまったくないんだもん。硫安と硫酸カリだけ別個に買ってきていた。「何やってるんだ」と叱られながら、「いいんだ、俺はこれでいくんだ」ととにかく必死でした。

――親父さんは理解してくれたんですか。

尾藤 うちの親父、そういうの認めない人だから、自分には何も言ってくれない。でも何年か経って、ぼそっーと言ったのは、親戚の農家が道南の方から来たとき。「減肥してこれだけ採れるって十勝の農家はすごいね」って言われて、「仲間作りながら、いろいろなことやってるけど俺には分からないんだ」ってね。それ以上評価はしないんですよ。

―黙認するところはかっこいいじゃないですか。ところで、新村さんは同じ頃に始めたんですか。

新村 いや、僕は遅いですよ。実家の牧場に戻ってきたのが94年で、それからすぐ始めたぐらいです。

――就農開始からいきなりですか。

新村 自分は放牧酪農をやりたかったから、健康な牛は健康な牧草からっていうのがあって、その土台として土を良くしなきゃダメだなってことは分かっていた。うちの牛は草をちゃんと食べないというのを知っていたからなおさら。すぐに結果云々じゃなくて、無条件で土づくりをやらないと何も始まらない状態だったんです。どのやり方をしようか考えているときにたまたま実習先でドクターに出会った。「ニュージランドに行っておいで」とアドバイスくださって、近くだからと豪州にも寄ってドクターのところを訪ねた。お人柄も含めて、すぐやってみようと決めたんです。

――慣行を全く知らないまま……。

新村 親のやっていたのは、普通に農協の牧草地用の肥料を言われた通りに一反当たりに一定量撒くやり方です。やり方としては、そっちの方が楽ですけどね。

――楽と言うのは?

新村 毎年、同じものを何も考えずに撒けばいいだけですから。ドクターの処方箋をこなすのはたいへんでした。20kg袋の単肥を何種類も買って、それを配合機で混ぜて独自の配合肥料を作る。しかも、何十枚もある畑ごとに配合を変えないといけなくて、撒くときも畑ごとに積み替えが必要だし。半端じゃない労力にプラス、うちは初年度から肥料代がドンと3割、4割上がりましたよ。

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