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人生・農業リセット再出発

バルチック艦隊と対馬の人々

チョンマゲと刀の維新からまだ36年目、この戦争に負けたらロシア植民地になる小国と見られていた日本が、対馬沖でバルチック艦隊38隻を撃沈し世界中をアッと言わせる。ロシア軍は戦死4,830名、捕虜6,106名の惨敗、世界戦史に残る一方的大勝利。捕虜は波間から日本軍に救命され、沿岸に流れ着いた者も住民に保護された。

 チョンマゲと刀の維新からまだ36年目、この戦争に負けたらロシア植民地になる小国と見られていた日本が、対馬沖でバルチック艦隊38隻を撃沈し世界中をアッと言わせる。ロシア軍は戦死4,830名、捕虜6,106名の惨敗、世界戦史に残る一方的大勝利。捕虜は波間から日本軍に救命され、沿岸に流れ着いた者も住民に保護された。日本は文明国であると国際社会にアピールするためにも戦時国際法に極めて忠実で末端の水兵にまで徹底されていた。国際法を遵守した武士道日本には世界から賞賛が寄せられた。

 1905(明治38)年5月27日、対馬の島民は洋上の地響に何事かと想像した。翌昼、村人たちは、浜辺に着いたボート4隻から男たちが草の急斜面を登って来たのを初めて見た。油とススまみれ血だらけで息を切らしている者、数え切れないほどの負傷兵。恐怖の中にも同じ人間として哀れを感じた。

 総勢163名の兵を連れて西泊の村に帰り着くと、汚れた服を脱がせて洗い、大切な着物を持ち出して着せた。コメを持ち寄って握り飯や芋を炊き出しした。島の巡査は、日本が同盟を結んでいる英国の兵隊だから安心せよ!と村人を落着かせた。

 泊めるだけでも小さな漁村で布団は無く、手分けして納屋で蚊帳や帆を掛けてムシロで寝かせた。兵たちは敵国で迫害を受けるのを覚悟で上陸したのに、家族のような親切と不眠不休のおもてなしに感激した。兵たちはルーブル銀貨やソブリン金貨数十枚をお礼に無理やり渡した。

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