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【新・農業経営者ルポ】
すべてを受け入れて、前に進む 東北の農業経営者魂ここにあり
- 代表 伊藤農場 伊藤基夫
- 第92回 2012年03月06日
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東日本大震災で倒壊した乾燥施設は今……
「いやいや、困ったなぁ。これを取り替えるのには、なんぼかかるだろう……」
その言葉を発したのは、2011年3月11日15時頃だろうか。東日本大震災直後、無残な姿で倒壊したライスセンター内の乾燥機を見て、前日に61歳の誕生日を迎えたばかりの伊藤基夫は思わず頭を抱えた。自宅の敷地内にあるライスセンターに設置されていた8台の乾燥機は、将棋倒しのように斜めに倒れ、中に入っていた籾が床一面に散乱していた。
地震の来る直前、彼は乾燥機の前でフォークリフトの油漏れを修理していた。緊急地震速報を聞いた伊藤は、すぐにその場を離れて、道を挟んだ向かいにあるビニールハウスで作業していた息子・晋哉のところへ走って避難を呼びかけた。家族で庭に集まり身を寄せ合って揺れが収まるのを待った。しかし、揺れはなかなか終わらず、一度収まったかに見えても、立て続けに幾度も大地が縦に、横に動く。
やっと揺れが収まって、伊藤は真っ先にライスセンターへ飛び込んだ。そこで目にしたのが冒頭の光景だった。乾燥機の昇降機はひしゃげ、台座はつぶれていた。初めて経験する震度7という巨大な地震の爪痕だった。幸い家族に怪我はなかったものの、スクラップ状態の乾燥機を前に伊藤は言葉もなかった。中に籾がいっぱいに入っていたために自重が重かったのも被害を大きくした。
別の倉庫には籾の入った1袋800kg以上あるフレコンバックが3段に積み重ねられていたが、これも倒壊してシャッターを壊していた。
乾燥機は新品だと1台280万かかるという。全台新しく購入するとなると莫大な額になる。途方に暮れた伊藤だったが、岩手・宮城両県沿岸部における津波の報道を見て、「うちの被害なんて、たいしたことない。命があるだけありがたい限りだ」と痛感した。
手をこまねいているわけにはいかないと思った。とはいえ、倒壊した乾燥機に穴を開けて中の籾を抜いたものの、春作業も本格化する中で、なかなか手がつけられなかった。乾燥機8台のうち、6台は修理不能だった。だが、6月末、稲作経営者会議で知己を得た長野県の農業経営者から中古の乾燥機6台を無償で提供してもらえることになった。さらに、8月には津波の浸水を受けた山元町の黄金ファームから、海水に浸かってしまった3台の乾燥機の提供を受けた。震災後の東北ではネットワークの力が復興の足がかりになっている例が多いが、ここでも彼が築いてきた農業界のネットワークがものをいった。
ここからが伊藤の本領発揮だった。農場には切断機や溶接機などの工作機械が一式揃っている。コンバインなどの大型農機のメンテナンスも自分でこなす伊藤にとって、乾燥機の分解や修理は当然、自分で行なうものだった。
山元町から運んできた3台はしばらく海水に浸かっていたため、中のヘドロを抜いてきれいに洗った。水分計も分解掃除し、モーターも分解してベアリングを取り替えて組み直した。海水に浸かっていたため錆が出ていたが、配電関係も接点復活剤を使えば修理できることもわかっていた。こうして秋の収穫前までに、ライスセンターの乾燥機はほぼ元通りの状態に復活した。稲作経営者でここまでやれてしまうような人は、ごくごく限られていると思うが、伊藤は飄々としてこう言うのだ。
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伊藤基夫 イトウモトオ
代表
伊藤農場
1950年宮城県栗駒町(現・栗原市)生まれ。68年宮城県立加美農業高校卒業後、就農。就農当初は3.6haの圃場での稲作と養豚の複合経営を行なうが、80年にコメ専業でいくことを決心。周辺農家の兼業化が進む中、作業受託によって経営面積を広げ、現在の経営規模は60ha。工作機械についての該博な知識と技術を活かして農業機械の整備や修理はすべて自分で行ない、また地元の農業経営者にそのノウハウを伝える講習会を開いている。宮城県稲作経営者会議副会長、栗原市稲作実践盟友会会長も務める。主品種はひとめぼれ、ささろまん、まなむすめ、ゆめむすび等。
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